昔カザフスタンを陸路で旅しました。
ミニバスで移動したとき、田舎町で車は停車。昼食休憩で、運転手さんと一緒に地元の小さな食堂に入りました。当時は「どこだか分からない場所でおろされた」感覚でしたが、後から撮影時刻を元に検証したところそこはサリオゼク(Сарыөзек)の町です。
そこでメニュー表の写真を撮りました。食べた料理は上の2つです。で、長い年月を経て改めてメニュー表を見ると、
ラグマン(Лагман)という手延べ麺料理のほかに、ボソ(Босо)とソウミャン(Соумян)が書いてある。
普通ラグマンは麺をゆでて具と汁をかけていただく料理です。でも私はこれまでボソラグマンもソウミャンも「調味料と共に炒めて味を絡めるラグマン」という認識でおり、ボソとソウミャンを同時に見ることがなかったことから、これが言語差(肉まんと包子(パオズ)みたいな)か、地域差ないし話者の差ないし複数料理名がある(おしんことおこうこみたいな)のかと思っていました。しかしこの店で敢えてボソとソウミャンを分けて書いてあるからには、何かが違うのです。
今回は「カザフスタン料理のボソとソウミャンの違い」について検証しその結果を記事にします。
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◆Instagram
#босо(ボソラグマンの画像)
#соумян(ソウミャンの画像)
これは似ています。
どちらも日本人が見たら焼きうどんです。
「ソウ」が炒めることを意味する。中国語の「炒」(チャオ)と同じ語源だ。時々ボソラグマンの言い換えとして「ツォミャン」(Цомян)の表記を見かける。「ツォ」も中国語の「炒」(チャオ)と同じ語源だ。
では「ボソ」とは? ネットではあちこちでコピペのように!?「ボソは炒める」と書いてあるけれど、コピペの如く出てくるものの信憑性には疑いをもつべきだからね。安易に信用はできませんね。
◆Google翻訳
あった。簡単な対訳しかできないけど「ボソ」を知りたいから「ボソラグマン」を語れそうな単語を英語でいろいろ入れてテュルク系各言語で翻訳を試み、そして英語のエンプティ(empty、空っぽ)にたどり着きました! これなら、汁だくのラグマンに対する用語として汁気を飛ばしたラグマンを表現できますね。
英語のエンプティ(empty)=キルギス語でボシュ(бош)、トルコ語・トルクメン語・アゼリー語でボシュ(boş)、ウズベク語でボシュ(bo’sh)、カザフ語でボス(бос)。
なおトゥバ語でクルグ(куруг)、ウイグル語でクルク(قۇرۇق)。ペルシャ語でハリ(خالی)ダリ語でハリ(خالی)タジク語でホリ(холӣ)。ペルシャ語系統はイラン-アフガン-タジクの一連の流れで共通していますね。ちなみに「トルコでボス」ときたら「ボスポラス海峡」を思いつきますがあそこは本来トルコ語ではボアジチ「Boğaziçi」と言う場所なので無関係 (^^)
よって、カザフスタンや周辺諸国で「Босо лагман」ボソラグマン)は「汁気を飛ばしたラグマン」という意味が転じて「炒めるラグマン」になったという仮説をここで立ててみます。
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いろいろとネット情報を探しているうちに、かなり気になったことがあります。それはロシアの掲示板(ロシアのVK社が運営するオトベトメール)のとある1つのコメント。する質問と回答サイトで、において「ソウミャンのレシピを教えてください」(≫こちら)の質問に対し、
「ソウミャンは、麺生地を小さくカットして作ります。小さな水餃子なんかを作るときのような。」
(соумян-это вид лагмана, только тесто рвется кусочками, типа галушек)
さらに下の画像はキルギスの料理店のソウミャンのインスタグラム画像です。最初「ソウミャンがボソラグマンそっくり」だった印象を “覆す” 画像じゃないですか!!
これが、上のコメント回答で見た「ソウミャンは餃子の皮を小さくカットしたような麺」です。中国語の面片(ミェンペン)、チベット語のテントゥクのような、餃子の皮を小さくカットしたひらひら麺です。
下の写真もソウミャンです。一見ボソラグマンに見えますが・・・、
この麺は引っ張って作るラグマンではない。ほら、
どう見ても麺に角(かど)がある! これは小麦粉の生地を3 mm厚さに延ばしてから包丁あるいは機械で切った麺です。
つまり、ソウミャンはラグマンの麺を炒めても、包丁で切った細長麺を炒めても、包丁でひらひらカットした麺を炒めても、
形状を問わず麺を炒めればソウミャン。
再掲しますがソウミャンは中国語の「炒面」(チャオミェン)と語源が同じなので、「麺を炒めた」という意味です。
だからもしラグマンの麺でソウミャンを作ったらソウミャンラグマンとも言えますよね。そういう表記も見つけました。そして、私自身が日本在住ウイグル人と会話して教えてもらったソウミャン(ウイグル語ではソーメン)も、ラグマンの1つなので、その事実と矛盾しません。
ウイグル家庭料理の自分用記録(5)手打ち麺
さて、わざわざ「ラグマンのソウミャン」って言うことは、そう言わないときは「ラグマンでないソウミャン」であるということだ。基本に戻りますが、普通ラグマンは引っ張って作る麺をゆでて具と汁をかけていただく特殊料理だから、そうでない麺炒めがあっていい。それが「ラグマンでないソウミャン」なのです。
敢えて「ソウミャンラグマン」と言うときは「引っ張って作るラグマン麺を炒める料理」で、「ソウミャン」は「ラグマン麺に限らず平たくてもいいので何かの麺を炒める料理」なのです。
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こんなところから、ボソラグマンとソウミャンについて結論をまとめます。
前提としてラグマンは麺料理全般を指す用語でもあるが、ラグマンと言えば通常は引っ張って作る麺である。
ボソ=煮汁が空(から)になる(煮汁を飛ばすように炒める)。ソウ=中国語の炒=炒める。ツォミャンもソウミャンと同等。
ボソラグマン=ラグマンの麺(引っ張って作る麺)を炒める。
ソウミャン=ラグマン麺に限らず平たくてもいいので何かの麺を炒める。
ボソがよくボソラグマンと表記されるのはよくラグマン麺を使うものだから。
一方でソウミャンという料理名は麺の形状を特定していない。ソウミャンをラグマンの麺で作るとソウミャンラグマンと呼ばれ、それはボソラグマンと同じになる。
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私はこの日、グイルラグマンとグイルガンファンを食べました。1つの飲食店のメニューに掲載される料理のうち食べられるのは1つか2つのみだけど、私は自宅で料理を研究して食べることができる。人生の中で中央アジアには必ず再訪すると決めているのだけれど、自分でもボソラグマンを研究した上で、自宅で楽しく食してみようとも思います。