私はしょっちゅう、どこかの国を思い描いては、「その国の料理とは、その本質とは」と考えて、読書して、調べて、考察して、夫と会話をしています。世界の料理を知ることが好きなので、今回はアフリカの小国とか、次は欧州の大国とか、地域を変えて、国サイズを変えて、いろんな国に想いを寄せています。
チュニジアはFIFAワールドカップ2018出場国でもあるので今年は世界で注目される国になるでしょう。もちろん、ハリッサやクスクスやブリックなど断片的には知ってる料理もあるけれど、なんか、そういう記憶って、ちょっと違うような気がする。外国人が「ジャパニーズのフード、スシ、テンプラ、ミソスープ」と言っているのに似ているようなのは、やっぱり嫌だから。
で、もっともっと、チュニジアの根っこをつかむようにチュニジア料理を知りたいという気持ちが、時折のローテーションでやってきます。
◆夫との会話
ねえ。チュニジア料理、とは。
地中海料理。
砂漠もあるよ。
内陸はあるが砂漠は少ないぞ。
地中海料理、かあ。
地中海料理。小さな国なんだから。
そっか、小さい国だから、国中がアフリカ沿岸部!
そうだよ。だから地中海料理って言ってんの。
マルタ、リビア、サルジニアとか並べて共通料理考えてみろよ。
(3時間経過)・・・ねえ、さっきの。クスクス。
だってね、マルタにもリビアにもクスクスがある。サルジニアにもあった。
そうだね、クスクスはよいだろうね。
あとは、オリーブオイルと夏野菜。
チュニジアは野菜あるからな。オリーブオイルも多い。
地中海って、トマトきゅうりピーマンみんなざっと切ってオリーブオイルかけるっての、多そうw
そーゆー料理あるあるw
* * *
◆Wikipedia 「مطبخ تونسي」(チュニジア料理アラビア語版、≫こちら)
アラブの国の料理について知りたいときは、アラビア語で作られたページを眺めると、(日本語やフランス語のページを読む以上に)核心に至ることがあります。
さあ、冒頭から、書いてありましたよ。
「المطبخ التونسي جزء من المطبخ المتوسطي」って!
「チュニジア料理は、地中海料理の一部である」って!!! ・・・これで、今後チュニジアを見ていくにあたり、軸が生まれました。地中海沿岸諸国と伝統料理の相違を見ていくように心がけていくのもいいですね。
* * *
「世界の料理」って難しくて、行ったことがあるのとないのとでは、知るのも語るのも、料理を作るのだって大違い。で、私はチュニジアには行ったことがないのです。
いや、行くつもりでUAEのドバイからエジプトのアレキサンドリアに飛んだけれど・・・
2011年2月17日。ドバイ国際空港第二ターミナル。なんだろう。ガラーンとしている。
空港で、昨日の時点では知りえなかった悪いニュースが発生していた。チュニジアやエジプトで行われていた反政府デモが、とうとう2月16日、リビアで始まったのです。
エジプトに到着するも、エジプトでさえ混乱していました。だから、アレキサンドリアに宿泊することなく、昨夜、慌てて急いで首都カイロにやってきた。カイロにいち早く来なければならないと思っていた。実は、旅は、エジプトでリビアのトランジットビザを取ってチュニジアへ抜けるという計画だったのです。リビアはビザ難関国で、バックパッカーがリビアに入るためにはこれが最良の方法でした。しかし・・・。
2月16日(15日深夜とする報道もある) 東部都市ベンガジで反政府デモ開始
2月19日 死者が70人とも85人とも
2月21日 暴動が首都トリポリに引火、カダフィ氏の退陣要求が続く
2月21日 リビア法相辞任、政府関連施設への放火
2月22日 カダフィ氏辞任拒否、戦闘機がデモ空爆、犠牲者200人越え
2月25日 首都トリポリで反政府勢力と治安部隊の散発的な衝突が続く。さらに多数の死者
2月26日 米国が経済制裁発動へ
2月26日 「死者数百人」と報道
2月28日 リビアから脱出者10万人
3月1日 安保理が全15ヶ国賛成でリビアへの制裁介入を可決
3月1日 EUによるリビアへの経済制裁開始
3月1日 リビア内戦戦闘激化、体制派が東部の都市を空爆
3月2日 リビア内戦戦闘激化、体制派が西部の都市を攻撃
3月2日 リビアから脱出者14万人に達した
3月3日 「死者6000人に達した」と報道
3月5日 政府軍、東部都市を空爆
3月5日 政府軍、西部都市を猛攻撃
3月6日 政府軍と反政府軍、中部地域で猛激戦
3月7日 政府軍、東部都市で無差別発砲
こんなんじゃ、とてもじゃないがリビアへは入れない。エジプトに入るチケットは前々から買っていたのに、なんでこんなタイミングでリビアが内戦を始めるんだ・・・(※)。
※でも考えてみればエジプト入りが一週間早かったときのほうがぞっとする。リビアに入っちゃったあとでリビア内戦に突入していたら命の保証もなかったはずだから。
リビアを旅する選択肢が消えた。リビアの旅がなくなるということは、自動的にチュニジアの旅もなくなるという意味だ。でも仕方ない。カイロでさえこの混乱だ。
3月9日 私たちはエジプトを南に脱出した。リビア人難民が乗るのと同じ船に乗って、スーダンへ抜けた。そして約一か月後、エリトリアからアフリカを脱出した。
* * *
アフリカの旅が危ないと言われるのは、主に政治的な不安定さや内戦によるものです。この点で南米の旅が危ない(強盗やスリが多い)のとは訳が違います。でも、だからこそ、もし10年待てる覚悟をもつならば、きっとリビアが安定し、アルジェリアビザ発給ルールが変わり、安全に旅できるようになる可能性も高いのです。
チュニジアだけに行くのならば今でも割と簡単だけれども、「マグレブ」という地域を理解するためにも、もしアルジェリアとリビアとセットで訪問することができるのならば、何年か待ったとしても私はそれを選びたい。美しいアフリカの大地に再度立つことを今も夢見る者として。
* * *
リビアやチュニジアへ行けなくなった私がエジプトで何度も食べていたもの。
それはコシャリです。
上で、クスクスは地中海料理の1つと書きましたが、もう少しちゃんと言うと、クスクスは地中海の中央から西部、特に南岸沿いに多い料理です。アフリカ北海岸の話をすると、リビアの西部からモロッコまでの間であれば、頻繁に目にすることができるそうです。
じゃあ、リビア東部より東では?
それがコシャリ。
クスクスとコシャリを知っている方、いかがですか? この言葉とても腑に落ちませんか? (なお更に私は、エジプトのコシャリはイスラエル料理のマジャドラであると思っています。)
* * *
さあ、私は、いつか、必ず、チュニジアへ。
それまでの間も、「チュニジア料理を知りたい」気持ちを失わず、それは主には地中海の食文化へ理解を深めるように、今後も追及し、また調理によってチュニジア料理を楽しみ、理解を深めていこうと思います。