私はスリランカ北部州の首府であるジャフナで、ドラムスティクのカレーを食べました。
ドラムスティックとは、この緑色の棒のような野菜(正確には木の莢)です。
ジャフナでは主にタミル語が話されていますが、ドラムスティックの現地での呼称が難しかった。そこで今回は、時間はかかりましたが、「முருங்கைக்காய்」の日本語カタカナ表記について検証した過程と結論を記載します。
【先に結論】
「முருங்கைக்காய்」を文字の音価に忠実に英語アルファベット表記に置き換えると「Muruŋkaikkāy」のようになるが、私の初回の聞き取りは「ムルカンガイ」(1)、現地在住日本人の聞き取りは「ムルンガッカーイ」(2)や「ムルッカンガーイ」(3)や「ムルンガイカーイ」(4)であった。ゲストハウスの主人のメールには「murunkaikkaai」(5)と書かれていた。(1)は(3)とし、(4)と(5)は(2)とし、ある程度こうしてまとめた上で、結果的に、「ムルンガッカーイ」(2)と「ムルッカンガーイ」(3)をサイト内にも表記していくことにする。
* * *
では検証過程です。
私は、スリランカのジャフナに渡航して、宿の運営に携わる地元のご夫妻のクッキングを学びました。
夢の、「ジャフナ」へ。
今回名称を検証した野菜は、下の写真の緑の棒のようなものです。
太鼓を叩く棒に似ているからか、英名で「ドラムスティック」と呼ばれる野菜で、モリンガ(和名:ワサビノキ)の実です。
◆調理を学んだ当時のメモ
材料の名前はすべてタミル語発音を確認しています。宿の主人の発音は、私の耳にはムルカンガイ(1)と聞こえ、そのようにメモしました。ただし、今までもしょっちゅう経験しているのですが、耳から音を聞くだけでは、長音(伸ばす音)や促音(ッ)がなかなか正確に聞き取れません。「Pickles」がピックルスでもピクルスでも、「Taboule」がタブーレでもタブレでも。音というものはフレキシブルなものです。
◆現地在住の日本人のアドバイス
カレーを食べる当日に交流してくださった現地在住の日本人の方々は皆さんタミル語を学び、タミル語の環境で生活をされています。仮に、Aさん、Bさん、Cさんとします。その皆さんより、教えて頂いたことを列記しますと、
- 手元の書籍(インドタミル)には、ムルンガッカーとあります(Aさん)。
- 同書籍の注釈には、日本語にない発音があり厳密なカタカナ表記は不可能であることや、話し言葉は地域等によって異なるとの記載あり(Aさん)。
- 日本語の五十音に対しタミル語は200音を超える(Aさん)。
- 最後のyを弱く発音するはずなので(ムルンガッカーよりは)ムルンガッカーイ(2)が日本人的には一番近い気がします(Aさん)。
- 地元の人に発音してもらいました。ムルンガッカーイ(2)ですね(Aさん)。
- 文語と口語の違いが大きいのがタミル語の特徴(Bさん)。
- 指差し会話帳(インドタミル語が記載されている旅行者向け書籍)はムルンゲッカーだが、スリランカンタミルとインドタミルでは発音に大きな差がある(Bさん)。
- スリランカ北部のタミル語は、多くが指差し会話帳とは違う発音、単語でなされている(Bさん)。
- 自分はムルッカンガーイ(3)と発音しているように聞こえるし、ムルッカンガーイ(3)と発音して現地の方にも通じている(Bさん)。
- ドラムスティックですが、ムルンガイカーイ(4)が一番近い発音かと思います!(Cさん)。
そっか。そういうことか。
なんだか、ここで実は答えが出た気がします。それは、「タミル語を日本語カタカナにしようとしても、正解がたくさんある」ということです。タミル語を座学でも学んで習熟した上でタミル語地域にお住いの日本人の方々の耳に入る音が、皆違う。タミル語はそれほどまでに一つのカタカナ化に統一しにくい言語なのだ。そこにきちんと気が付けたことは、良かったと心底思っています。
でも、私の仕事は、それでも最も適切なカタカナ表記を探し求め、料理名を日本語で文筆できるようにすることなので、もう少し検証を進めます。
◆実際に調理してくれた宿の主人による英語表記
murunkaikkaai(5)
◆英語Wikipedia「Tamil script」(≫こちら)
このような解説がありました。
「(「க」の文字1つにも異なる音が存在するため)音価を無声音、無声有気音、有声音、有声有気音に分けて表記をする試みもある。例えばக₁と書いてka、க₂と書いてkha、க₃と書いてga、க₄と書いてgha、といったように。」(There has also been effort to differentiate voice and unvoiced consonants through superscripted and subscripted integers – one, two, three and four standing for the unvoiced, unvoiced aspirated, voiced, voiced aspirated, respectively. For example: க₁ – ka, க₂ – kha, க₃ – ga, க₄ – gha)
なるほど。
「முருங்கைக்காய்」には「க」の文字が3つもあるから難しいということなのですね。3つもある「க」の文字が、カ(க₁)やガ(க₃)なのか、カハッ(க₂)やガハッ(க₄)と息を吐き出す音なのかは、「க」の文字だけでは分からないのです。
◆ここまでの結果
(1)ムルカンガイ
(2)ムルンガッカーイ
(3)ムルッカンガーイ
(4)ムルンガイカーイ
(5)murunkaikkaai
5つの候補のまま検証を進めるのは煩雑なので、近似して整理しよう。(1)は(3)に近似し、(4)と(5)は(2)に近似し、こうしてある程度まとめておいた上で、引き続き、(2)ムルンガッカーイと(3)ムルッカンガーイの2択で検証していくことにしよう。
◆英語Wikipedia「Tamil script」(≫こちら)
「முருங்கைக்காய்」の文字の音価を1つ1つ検証しました。なお、日本語Wikipedia「タミル文字」(≫こちら)のページでは書いてあることが少なく情報不足ゆえに検証できない箇所が生じて挫折しましたw 最低でも英語ページが読めないとこういう検証はまだまだダメな模様です。
文字検証は以下の通りです。
மு—mu
ரு—ru
ங்—ŋ(鼻濁音)
கை—kai/khai/gai/ghai
க்—k
கா—kaa/khaa/gaa/ghaa
ய்—y
(2)のムルンガッカーイなら、
மு—mu
ரு—ru
ங்—ŋ(鼻濁音)
கை—ghai
க்—k
கா—kaa/khaa
ய்—y
(3)のムルッカンガーイなら、
மு—mu
ரு—ru
ங்—ŋ(鼻濁音ゆえに詰まるので「ッ」になる)
கை—kai/khai
க்—k
கா—gaa/ghaa
ய்—y
ただし、どちらも「கை」の発音が文字と発音で違いました。
口語と文語の違いがここに出ています。「கை」の左側のくるくるした文字は「ai」ですが、(2)では「ガイ」にならずに「ガッ」になり、(3)では「カイ」にならずに「カン」になっています。
* * *
【結論】
「முருங்கைக்காய்」を文字の音価に忠実に英語アルファベット表記に置き換えると「Muruŋkaikkāy」のようになるが、私の初回の聞き取りは「ムルカンガイ」(1)、現地在住日本人の聞き取りは「ムルンガッカーイ」(2)や「ムルッカンガーイ」(3)や「ムルンガイカーイ」(4)であった。ゲストハウスの主人による表記は「murunkaikkaai」(5)だった。「கை」の音が「ガッ」や「カン」のように変化しているのは口語ないしジャフナ方言ではないかと思われた。(1)は(3)に近似し、(4)と(5)は(2)に近似し、こうしてある程度まとめた上で、結果的に当サイトでは、「ムルンガッカーイ」(2)と「ムルッカンガーイ」(3)を、どちらもサイト内に表記していくことにする。
* * *
終わりに。
タミル語って・・・・こんな文字です→「தமிழ்」
東南アジアから南アジアには、こういう難解な文字がたくさんあります。難解な文字ゆえ、短期の旅行では取り掛かる意欲が湧きにくい。事実私は南インドのタミル語地域を初めて旅したとき、「インドは英語が通じるから」とタミル語から逃避し、「他の地域に行くと、ヒンドゥー語とかテルグ語とかベンガルとか・・・短期間じゃ全部は無理だから」と諦めてしまいました。結局一度も真面目にタミル文字の読みや書きをせず、英語アルファベットと英会話で旅をしてきてしまったんです。・・・ここが、世界の広い地域で使われ、通じるアラビア語との違いです。アラビア語はこんな文字→「العرب」で、とっつきにくいですが、アラブ圏すべての国で使える広域言語なので、しんどくても、「数多くの国で役立つから勉強を頑張ろう」って思えたものです。
だけど、一度逃げてきたことに対し、二度目も逃げるという人生は嫌だなと思ったので、今回はタミル語の読み書きに取り組むことにしました。
『私はタミル語はできないけれど、努力することはできる。』
せめて、そういう気持ちは持っていたいのです。
今回、初心者の私に対し、ご指導してくださった方々には心から感謝しています。本当にありがとうございました。