4言語Wikipediaの比較読解とパキスタン人への質問からマルタバックの起源を追う。

2016/10/01

マルタバック

このミラクルな小麦粉の皮が作れるようになれば(←とても簡単なのにおおげさに言っています)、春巻きの皮も餃子の皮も買わないし、サクサクパイ生地風のパンだって美味しい♪ インドネシアのマルタバックは、マレーシアではムルタバ、クウェートではマシャルタ、バングラデシュではムグライなどなど、各地いろいろな名前を持つ、皮サクサクの肉野菜包み揚げ焼きです。

私は、1つの料理の由来や来歴などについて調べるときは、情報が偏らないように、例えばWikipediaを見るとしても、多くの言語で読みます。素人でも読む努力をすればそのうち読めるようになるだろう!と、妙にポジティブなのは私の良いところ♪

(1)ロシア語Wiki
★南アジアと東南アジアの連携
По мере развития торгово-экономических, культурных и религиозных связей этого региона с народами Южной и Юго-Восточной Азии практика изготовления мартабака распространилась в соответствующих странах, в частности, в Индии , Пакистане , Таиланде , Сингапуре , Брунее , Малайзии , Индонезии .
(要約:商業や経済の発展に伴い、文化や宗教によって南アジアや東南アジアの人々は連携し、マルタバックならびにその調理技術が拡がった -特にインド、パキスタン、タイ、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、インドネシアにおける好例- )

(2)英語Wiki
★インドケララ州→イエメン(ここで料理形成)その他中東→インドや東南アジアへ再伝播
Murtabak originated in Yemen, which has sizeable Indian population; through Indian traders it has spread back to their home countries, to India and Southeast Asia. The dish referred to as murtabak is a multi-layered pancake that originated in the state of Kerala where the people referred to as “mamaks” (“mamak” means “uncle” in Tamil ) hail from. “Mutabar” is an amalgam of two words, “muta” (being the Keralite word for egg, a significant component of the dish) and “bar,” an abbreviated form of the word barota, or “bratha roti” (the bread). The bread base or pancake on which it is then spread over is referred to in Hindi as “pratha roti” or “pratha.” (Note the difference in pronunciations, pratha and brata).
(要約:マルタバックの起源は、多くのインド人を擁していたイエメンであり、インド人はマルタバックを再び母国インドへと、そして東南アジアへと広めた。マルタバックという料理名は多層パンのことで、インドのケララ州(「ママック」(タミル語で叔父)と呼ばれる人々の出身地域)が発祥である。「ムタバル」という言葉は、「ムタ」(ケララの言葉で卵を意味し、この料理の重要な材料である)と、「バル」(バロタすなわちバラタロティ(パンの一種)の略称)という2つの単語が合体してできた。そのパンは広まって、ヒンディー語で「パラタロティ」または「パラタ」と呼ばれるようになった。)

There are similar versions of the bread in places such as Yemen and other regions of the Arabic world and Persia. All of these places in the Middle East were visited by Indian traders centuries ago and it would not be unusual for them to have learned from each other or to have adopted each other’s culinary habits and practices. However, the word “mutabar” is the original name for the egg, chilli, and onion flavoured multi-layered pancake.
(要約:イエメンを含めたアラブやイランは歴史の中でインド人商人が踏み入れた場所であり、似たパンがある。相互に食の習慣や調理の技法を伝え合い受け入れ合って然るべき。しかし、「ムタバル」という言葉は、元来、卵、唐辛子、玉ねぎを包み込んだ多層パンなのだ。)

3)フランス語Wiki
★インド発祥→西南アジアへ伝播
Le Murtabak provient de l’Inde, et sa trace remonte au Sultanat de Dehli (1206-1526). Accompagnant les commerçants, le murtabak a été diffusé dans de nombreux pays de l’Asie du sud-ouest, et est resté un plat populaire dans plusieurs de ces régions.
(要約:マルタバックはインド由来の食べ物で、その歴史は、デリー・スルタン朝(1206~1526年)にさかのぼることができる。商人が南西アジアの多くの国に広め、これらの地域では今も人気の食べ物です。)

4)日本語Wiki
★インド発祥→東南アジアへ伝播
ムルタバはデリー・スルターン朝(1206年 – 1526年)時代のインドが発祥である。貿易商を通して、ムルタバはデリー・スルターン朝時代に東南アジアへ伝わり、これらの国々で人気であり続けた。

* * *

抜粋すると、以下のようになりました。
(1)のロシア語版では、「南アジアと東南アジアの連携」として、軽く触れているのみ。
(2)の英語版では、インドイエメン(ここで料理形成)その他中東→インドや東南アジアへ再伝播という経緯が書かれていた。
(3)のフランス語版では、インド発祥→西南アジアへ伝播とし、東南アジア方面については言及されていない。
(4)の日本語版は、(3)のフランス語版を訳しただけの文章と思われる。しかし(3)のフランス語版が西南アジアと書いているのに(4)の日本語版は東南アジアと書いてあり、他の文章はまるきり同じ。東と西を間違えただけの誤訳かなあ? 「sud-ouest」は西南で、「l’Asie du sud-ouest」は西南アジアだよね?
(注:東南アジアと表記を合わせたいので南西ではなく西南と書いています)

* * *

昔のインドは広かった。今のインドと昔のインドは違う。
食や料理を語るときも、この点を見失うとおかしなことになる。

今でこそヒンドゥー教のイメージが強いインド
昔は、今のインドとその周辺はヒンドゥーとムスリム(イスラム教徒)が混住していた。
第二次世界大戦終了後、激しい独立闘争の結果、英国が手を引くことになった。

ヒンドゥーをH、ムスリムをMとする。その他少数派宗教はここでは割愛。
現パキスタンの土地  現バングラデシュの土地
 【  】        【  】
  【           】
     現インドの土地
に、
 【HM】        【HM】
  【HMHMHMHMHM】

と混住していたのが、

 【MM】        【MM】←2つあわせてパキスタンという1つの国へ
   【HHHHHHHHHH】 ←インド

となった。
比率が0:100、100:0になるわけがないので実際はM交じりのH、H交じりのM。
ムスリム(M)が集まる2つの地が「パキスタン」という独立国家になった(1947)。
国名「パキスタン」は「ムスリムの住むピュアランド(清浄な国)」という意味である。
カシミールについては帰属が解決せず印パ戦争へ(1948~、69~、71~)、現在も未解決。

東パキスタンと西パキスタンは1つの国なのに民族も言葉も文化も違い、国内で共存できなかった。
政治主体が常に西(現パキスタン)で、東パキスタン(現バングラデシュ)は不満を抱え独立を望む。

インドの支援を得て、東パキスタンがバングラデシュとして独立達成(1971)!

 パキスタン      バングラデシュ
 【MM】        【MM】
   【HHHHHHHHHH】 ←インド

* * *

マルタバック(これは主にインドネシアでの呼称です)は、私は(2)の英語版の説を支持しています。つまり、インドイエメン(ここで料理形成)その他中東→インドや東南アジアへ伝播という経緯です。

何故そうだと思ったかというと、パキスタンに住むSajjadさんに、「この料理(マルタバックの写真提示)はパキスタンではウルドゥ語で何と呼ばれるか」と聞いたら、

「پراٹھا عربی」
(パラタアラブ、すなわちアラブのパラタ。単にパラタと呼ぶこともある)という返事が返ってきたことでした。

「アラブのパラタ!!!」

すなわち、この料理が明らかにアラブ方面(おそらくはイエメンのあるアラビア半島)からパキスタンに入ってきたという、西から東へ流れてきたものであることが強く示唆されたのです。

* * *

こうして、私は、現時点で、由来と来歴について以下のようにまとめました。

マルタバックの原型はインド。今もインドにはパラタという似た料理がある。イエメンやサウジアラビアではインドからの移住者や訪問者も多く、古くからこの料理が根付いた。個人的にはその背景にはイスラム教徒のサウジアラビアへの巡礼義務があるのだと思う。そしてこの料理はアラビア半島の料理として発展し、のちにインド人の移動に伴って、今度は南アジアや東南アジアへと運ばれることになる。南アジアではイスラム教徒の多いパキスタンやバングラデシュに、東南アジアではイスラム教徒の多いマレーシア、ブルネイ、インドネシア、シンガポールに定着する料理となった。

マルタバック

皮はサクサク!
中身はキャベツやひき肉、卵を使って、カレー風味でスパイシーないい香り!

国境を越えて、宗教のつながりから世界に広まる料理の代表例です。



* * *

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