メラネシアの国、ソロモン。
強烈な国だと思う。
経済が崩壊していて、国政もままならない。
肌の色とか考え方や発想がよくアフリカの黒人さんたちに似ていて、現地にいると至る所でアフリカを思い出す。アフリカに人類の祖をもつ仮説(定説)の中で、ここへはアフリカから直行で移動してきて長くここにいて赤道直下っぽいところに長くいるんだからそりゃ似てるんかも、なんて思った。私はソロモンを旅行するとき、人類移動の専門書を持参していた。面白かった。
でもね、世界中のあちこちで肌が黒い人々の歴史には大変な苦労があるもので、奴隷貿易の対象になったりヨーロッパ人に搾取されたり絶滅させられかけたり。
でも、ソロモンはそういう経験をしていないから、ソロモン人は幸せそうだなあと、彼らのカラっとした笑顔を見て、そう思うことがしばしばあった。
さて、世界の料理研究の話をすると、ソロモン料理の収集には困難が多々ありました。それは国内の文化の違いの多さです。言語の多さが最も直面する問題でした。
この記事のタイトルは、「ワントックゆえにソロモン料理がない。ワントックがソロモン料理を形成する。ワントックとソロモン料理について。」です。本記事ではワントックとソロモン料理について解説していきます。
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ここで見た言葉が胸に刺さる。
◆タイムトラベラー|ソロモンタイム(≫こちら)
「ホニアラと日本の差よりも、ホニアラと村とのソロモン国内の差のほうがはるかに大きい。」と。ソロモン生活が長い日本人の言葉。妙に納得してしまう。この言葉に納得ができるようになれば、ソロモンの理解もまずまず進んでいる、と思っていいのかもしれないな。
120の言語がある。クラン(氏族)。言葉が混ざらない、人が混ざらない。「ワントック」・・・国が均質でない最大の要因がここにある。ソロモンで最も驚かされるのはワントックの強烈さだ。
ワントックは「ワントーク One talk」すなわち「1つの言語」であり、あなたのワントックは「あなたの言葉を話す人」、つまりあなたの一族です。こういえばいいのかもしれない、「AさんとBさんは言葉が同じだから同じワントックですが、CさんとDさんとは言葉が違うから違うワントックです」みたいに。
ワントック同士は土地や食糧や地域の資産を共有できます。共有する場所は自分の集落に限らない。同じワントックが泊まるところがないなら泊まる場所を譲り、食べるものがないなら食べるものを譲る、「シェアの義務」があるということです。それがコミュニティ資産を平等に共有するメラネシア人の基盤です。
上に、「強烈な国だと思う。経済が崩壊していて、国政もままならない。」と書きました。でも街に浮浪者はいないんですよ。ワントックシステムがあるからね、寝る場所も食べる物もあります。そういう扶助制度はよりよいシステムと言うことができるかもしれません(できないかもしれません)。ソロモンにはワントックゆえに先進国のような社会保障制度はありません。雇用者も非常に少ないです。年金制度や介護保険制度やハローワークなどの公的扶助を膨大に講じながらも実質多数の浮浪者や自殺者や犯罪者がいる日本とは実態がまるきり違います。
ソロモンのワントックの奇妙で強烈な例としては、建設業の入札では同じワントックの人が契約を取れます。バス運転手が同じワントックの人なら運賃を支払う必要はありません(と英語旅行ガイドブックに書いてあった)。裁判官が同じワントックの人なら犯人が刑務所に行くこともありません。譲るのが義務、譲られて守られる。政治や公務では、ワントックは縁故採用や腐敗の元凶です。人は生まれたときからワントックの義務を負い、ワントックを享受します。そしてワントックの一族が恒常的に資産を共有するため、結果としてワントックごとに強烈な個性が生じます。・・・ワントックシステムは、ソロモンで民主的な制度を崩壊させ、国の発展を妨げていて、それが冒頭に書いた「強烈な国だと思う。経済が崩壊していて、国政もままならない。」なのです。
料理の点では、その「ワントックごとに強烈な個性が生じます。」が、料理研究の障壁でもありました。収集はただひたすら調査結果を記録するだけだから大丈夫。困難なのは情報を統合して公開することです。だってワントックが違うと料理や料理名が違うんですもの。
私は、ソロモンの旅の限られた日程の中でも、ホニアラ(首都)だけにとどまるつもりはありませんでした。地方に行って村人と一緒にごはんを作って食べたいからです。だから、きちゃない雑魚寝船に乗って、ウェスタンプロビンスへ。そこで村の宿に泊まってごはんを食べていたわけですが、聞けば、「あっちに見えるラグーンとは、言語が違う。料理名だけでなく、うちとあっちでは料理が違う」と言います。もちろん同じ料理も絶対あるんだけど、でも私があっちのラグーンに行きたくても他のワントック社会によそ者は入れません。日本語で言えば部族社会。フィジーでもそうでした。フィジーもメラネシアですしね。ちなみにウェスタンプロビンスへ行くために、私はホニアラの人から電話を入れてもらって、その村に受容してもらっています。
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この記事のタイトルは、「ワントックゆえにソロモン料理がない。ワントックがソロモン料理を形成する。ワントックとソロモン料理について。」としました。
一番重要なのはこれ。一番ここで伝えたいのもこれ。
ソロモンという「国」は確かにある。でも、ソロモンという民族はない。ソロモンは「ワントック」という文化も言語も異なる「クランシステムの集合体」なのだ。料理だって各ワントックの集合体である。そういう意味で、「これがソロモン料理です」と全土普遍的に言えるものがあるかないかが分からない。そしてそれ(あるいはそれに近いもの)があったとしても、地元のローカル言語で全土をカバーする料理名がつけられないんです。
でもたったひとつ、やり方がある。
それは彼らの母語でないにしても、ピジン英語での料理名を追うことになる。
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次に、ピジン英語について。
ワントックは言語差異に基づくことを再度解説しますが、メラネシア -特にソロモンとパプアニューギニア- でよく言われるのは、例えば「2km先の村と言葉が通じない」といった現象です。それはあまりに古くから人類が定着したために夥しい言語分岐が生じ、分化した派生語は集落(クラン)ごとに発展したことに因ります。他の集落と隔絶しながら独自の発展をした時期が長いため、場所が変わると言葉が通じなくなるのですが、そこを全土統一しているのがピジンです。要は「各地なまりの英語」です。ソロモンでは小学校から学校教育は英国英語(ブリティッシュイングリッシュ)ですが、スタンダードな英語に自分たちの言語が混ざる。そのうえ、ピジン英語は音から文字を起こすから、例えばHappyは「Hapi」になる。しかしこれも人により「Happi」と書いたり「Hapy」と書いたりまちまちです。ピジン綴りは、役所文書などの公的な綴りはあるんでしょうけれど、人の差が大きくて、例えば3人の人がいるときに綴りを書いてもらうと、綴りが3種類以上集まってわいわいと談義が始まるような状況。骨、折れるでしょう(苦笑)。メラネシアの地域では言語学者が骨を折りギブアップしていると聞きますが、行ってみてホントに痛感した。料理名調査をしていて私も随分と骨が折れました。
私のサイト「世界の料理、各国料理について」のソロモンのページ(≫こちら)の記載方針としては、1つの村でしか通じない料理名ではなく、なるべく全土で通じるピジン英語で記載すべきでしょう。ピジン名を第一優先とし、第二優先としてはブリティッシュイングリッシュ(普通の英語)で表記していくことにします。
私にはマロボラグーンの村で得た料理名の記録が数多くあるのですが、マロボの言葉でソロモンという国家単位の料理を語るのは、やっぱり変ですから。
・・・これが私が現地で悩んで悩み抜いた末の結論です。
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ソロモンのラグーンの画像検索。ああ、こんなところに滞在したんだなあ。いいところだったなあ。
「2km先の村と言葉が通じない」「あっちに見えるラグーンとは、言語が違う。料理名が違うだけでなく、うちとあっちでは料理が違う」・・・すごいところにいたんだなあ。
今後ソロモンに行く機会は、あるかもしれないし、ないかもしれない。だけど、ソロモンの勉強は間違いなくやっていくよ。せめてメラネシアのどこかの国に再び訪問することを夢を見ながら、私は今日書いたワントックの記事のことを忘れず、今後も私らしく世界の料理の研究を続けていこうと思います。
そう夢見て頑張っていれば、メラネシアに再び行く機会はきっと来ると思う。もともとバヌアツ好きの私は今やメラネシア大好きなのですから!!