ことの発端は、サモアでホームステイをしたとき、10人家族の家庭で主食として調理していた超巨大なサトイモです。
大きい~。これ1つで何人分の主食になるんだろう♪
ただサモア人にこの名前を聞いたら、「タミウ」と言う人や「タムウ」と言う人がいて、結局今に至るまでサモア語の綴りが分からずじまいでした。しかし今になってもこの名前を解決したいという思いは残っていて、そして納得できる解決ができたので、ここに記録を記します。
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まず、この巨大なサトイモ風作物の「英語とサモア語の名称の対応」を探しました。このような論文を見つけました。
◆Staple food choices in Samoa(≫こちら)
この論文の良いところは、概要の部分が英語とサモア語にて併記されていたことでした。
(英語)The study focuses on the following common staple foods available in Samoa: taro, banana, elephant ear, yam, breadfruit, tapioca, rice, bread, noodles and potatoes.
(和訳)本研究ではサモアで広く食べられる主食類(タロ芋、バナナ、象の耳、ヤム芋、パンの木の実、キャッサバ芋、米、パン、麺、さつまいも)を調査対象とする。
(サモア語)Sa fa’apitoa le su’esu’ega i mea’ai e masani ona maua i Samoa; talo, fa’i, ta’amū, manioka, alaisa, falaoa, saimini, ma pateta.
私はサモア語はまるきり読解できないのだけど、バナナがファイ(fa’i)など食べ物のサモア単語ならある程度分かるので、論文の記載から次の対応が確定しました。
英/日/サモアの順に
- taro/タロ芋/talo
- banana/バナナ/fa’i
- elephant ear/巨大なサトイモ(仮)/ta’amū
- yam/ヤム芋/ufi
- breadfruit/パンの木の実/’ulu
- tapioca/キャッサバ芋/manioka
- rice/米/alaisa
- bread/パン/falaoa(※英語のflourに対応)
- noodles/麺/saimini
- potatoes/じゃがいも/pateta
※Potatoesは現地ではさつまいもがよく消費されているのですが「Solanum tuberosum L.」の記述よりじゃがいもと訳しました。
※米、パン、麺、じゃがいもは「モダンな主食」つまり近年の導入として記載されています。
よし、これで、巨大なサトイモのサモア語の綴りが分かりました。「ta’amū」です。他サイト等では「ū」を「u」と書いているのも多いのですが、もしta’amuだと発音が「タアム」になってしまうところ、「ta’amū」ならば現地で「タムウ」と聞こえた、ウを伸ばす音と合致します。「ta’amū」のカタカナ表記は「タアムー」が適切でしょうか。
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「タアムー」(ta’amū)はどんな植物?
上の論文に書いてあった「elephant ear(ゾウの耳)」という英語の植物名が太平洋諸国の主食であることを記述した本のプレビュー画面を見つけました。
◆Tropical Exotics(≫こちら)
「Alocasia macrorrhiza-’Ape、Elephant Ear、Ta’amu、Bigaなど多様である。」
「macro」は巨大、「rrhiza」は根茎。学名があの巨大なサトイモの写真と合っている。「スリランカやインドなどを起源とし、インドネシアやポリネシア南部でも食べられる。ハワイではアペ(’Ape)、サモアでタアム(Ta’amu)、フィリピンでビガ(Biga)と呼ばれる」、という記載内容でした。
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◆英語Wiki「Alocasia macrorrhizos」(≫こちら)
記載内容:「サモアやトンガをはじめポリネシア諸国の市場で売られている。」
◆そのリンク先論文(≫こちら)
タイトル:「Giant taro and its relatives: A phylogeny of the large genus Alocasia (Araceae) sheds light on Miocene floristic exchange in the Malesian region(ジャイアントタロとその近縁種:多数のアロカシア(Araceae)属の系統発生から、中新世(生物学的世紀の1つ、≫こちら)におけるマレー地域の植生の移動が解明された。)」
記載内容:「植物のDNA塩基配列の解析から、栽培用作物としての巨大サトイモはフィリピンから拡散した(その更なる起源はボルネオ島である)。」
これを見て、大きくうなずくものがありました。これはかつての人の移動と合っているのです。それは、ポリネシア人はフィリピンやマレー方面から東へ流れた人々であるという説が有力だからです。人も巨大サトイモも、マレー方面を由来とし、ポリネシア各地に人と共に運ばれ、定着したのだと思わさせられました。それがDNAシークエンス解析というこれまでの民族移動の研究とは異なる解析から解明されたことは、まさに21世紀の科学を尊敬するものであります。
◆フランス語Wiki「Alocasia macrorrhizos」(≫こちら)
仏領地域における巨大サトイモの呼称:
タヒチ語-アペ(’Ape)
トゥアモトゥ語-カペ(Kape)
⇒ポエ(プディング)を作るのに用いられる。
ウォーリスフトゥナ-カペ(Kape)
レユニオン-ソンジュパパンゲ(songe papangue)
※タヒチ語は仏領ポリネシアのうちタヒチ島を中心とする言語、トゥアモトゥ語は仏領ポリネシアのうちタヒチ島よりも東部の島々で話される言語。
※仏領ポリネシアとウォーリスフトゥナはフランス海外準県、レユニオンはフランス海外県。
◆トンガ語Wiki「Kape」(≫こちら)
このタイトルより、トンガ語では「カペ」(Kape)と呼ばれることが分かった。
記載内容:「kape (lea fakafutuna, lea fakaniue, lea faka’uvea)、ʻape (lea fakatahisi, lea fakahauaiʻi)、taʻamū (lea fakahaʻamoa)、babai (lea fakakilipasi {faʻahinga kehe})」
そしてさらに各地の呼称が記載されていました。
ウォーリスフトゥナ、ニウエ-カペ(kape)
タヒチ、ハワイ-アペ(ʻape)
サモア-タアムー(taʻamū)
キリバス-ババイ(babai)
これにより「サモア語ではtaʻamū」であることが再度確認できた。
※「faka’uvea」はニューカレドニアのウベア島ではなくウォーリス島をウベア島と呼ぶことに由来する「ウベア語」です。
◆Google翻訳「サモア語→日本語」
翻訳結果:「taʻamū」=象。
これならあの巨大サトイモが英語でElephant ear(象の耳)と呼ばれることと合致する。サモアに象はいないはずなので、書籍などを使って伝わった象という生物と、象の耳に似た植物が関連づけられたのだろう。
※ただし私の手元のサモア語単語集では象は「’elefane」(エレファネ)となっています。
◆日本語Wiki「クワズイモ」(≫こちら)
和名:クワズイモ、学名:Alocasia odora
記載内容:「中国南部、台湾からインドシナ、インドなどの熱帯・亜熱帯地域に、日本では四国南部から九州南部を経て琉球列島に分布する。沖縄県では道路の側、家の庭先、生垣など、あちこちで普通に自生している。(中略)観葉植物として栽培される国外産の近縁種は、インドクワズイモ(A. macrorrhiza)などがよく知られる。
私は沖縄に行ったときにクワズイモを見たことがあります。でも地元の皆さんはそれは食べられないと言っていました。私も「食わずイモ」の名の通り、食べられないイモだと思っていたのですが、今回の調査により、太平洋諸国では食用とされていることが分かったのです。驚きますね。
◆跡見群芳譜(野草譜 クワズイモ)(≫こちら)
このサイトは、クワズイモ属の分類を記載しています。サモアのクワズイモと日本のクワズイモは種類が違います。ただし日本のクワズイモもかつて食用にされていたことが分かりました。
記載内容:
インドクワズイモ(A. macrorrhiza)-中国、台湾、東南アジア、インド、マレーシア、メラネシアに分布→これが今回太平洋諸国で食用になると書いているものです。
クワズイモ(A. odora)-日本(四国・九州・琉球)、台湾、中国、インドシナ、インドに分布。→これが沖縄で見た食べられないイモです。ただし、「かつては、毒抜きをして食用にした。(中尾佐助)加熱で毒抜きという技術は、限られたものではたいへん有効である。たとえば、八丈島や御蔵島のシマテンナンショウとかクワズイモなどのばあいがそれだ。(『照葉樹林文化』1969)」の記述のように、「食わずイモ」もかつては食べていたことが分かりました。
「食わずイモ」は和名ゆえ、命名したのは日本の学者です。伊豆諸島も含めて太平洋中で食べられているのにそういう名前をつけるのは後世に大きな誤解を残したように思え、残念と思います。
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<結論>
本記事においては、サモアを始め太平洋諸国で食べられているクワズイモの一種について調査した結果の概要を記載しました。そして今後当サイトで、サモア料理に関連してインドクワズイモ(巨大サトイモ)を記述するときは、片仮名表記を「タアムー」、サモア語の綴りを「Ta’amū」と表記し、説明を「インドクワズイモ」ないしその外観の説明として「巨大サトイモ」と表記することにします。
これは「食わずイモ」(クワズイモ)の一種ですが極めて美味しいおイモです。サモアではゆでてココナッツミルクで絡めたものをいただきました。ほくほくで、ほろっと口の中でとろけ、まさにサトイモ(特に京芋系統のサトイモ)の味わいです。美味しかったですよ。
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ことの発端は、サモアでホームステイをしたとき、10人家族の家庭で主食として調理していた超巨大なサトイモです。今日はこの名前を解決することができ、そして沖縄で見たクワズイモとの関連も突き止められて、とても満足のいく調査ができました。調査にも執筆にも数日を要し、時間はかかってばかりですが、大好きなポリネシアの食文化をもっと知りたいから、これからももっともっと、食文化を知る努力を続けて、1日1日を有意義に過ごすように、頑張ろうと思います。