これぞ西サハラ料理「ムレイフィサ」。それはマリアトンタの「肥える食」

2022/02/20

日本で発行される世界地図を見ると主権国を明記しないグレーゾーンの土地が幾つもありますが、住民がいるグレーゾーンとして最大面積をもつのが西サハラではないかと思います。だってカシミールより広いんだもの。アフリカ大陸の大西洋沿岸部に位置する国です。

今回、「西サハラならではの料理」としてサハラウィ(サハラ砂漠の先住民ないし西サハラの先住民)の伝統料理を知りたくて資料を眺めたりネット検索などをしていたら、ネット検索には「Mreifisa」と「Meifrisa」という、似て非なる2つの名称が混在することが分かりました。どちらが正しいのか?どっちも正しいのか?それとも? 思うに誤記を記載した人がいるために名称が混在しているのではないかと。ならばここではしっかり検証してみようと思いました。

<結論>
西サハラの先住民サハラウィの伝統料理は「ムレイフィサ」(Mreifisa、مريفيسة)。基本的には、肉と玉ねぎと塩と油で肉煮込みを作り、非発酵の薄パンを焼いてちぎり、煮込みの汁を吸わせ、肉を乗せる料理である。体重を増やすための料理でもあり、現地の女児肥育の習慣にも食べられてきた。よって油をたっぷり使って作るのがこの料理の特徴の1つである。

ということで、以下に検証の過程と結果を記載します。

* * *

Google画像検索「”western sahara” food」
「西サハラ料理」と英語で検索してみました。モロッコの写真かと思えるほど似ていますね。それは当然で、今西サハラの人口の過半数はモロッコ人です。

ムレイフィサ

上の画像の左下に固有名称の料理があるが、「Meifrisa」? 「メイフリサ」? 現地でこんな料理名を聞いたことないし、アラブ語やベルベル語の音とも違う気がしたんですよね。

ネットを使って検証していくと、西サハラ料理で「Meifrisa」(メイフリサ)と表記するページはオリジナルと思われる1つが誤表記していると思われました。あとは自己検証していない(コピペ)なページと思われるものばかりです。後者は誤記を引用してしまったのでしょうね。日本語でもメイフリーサと書くページがありましたけど、これも検証等をちゃんとしてないから間違えているように見受けられました。

スペイン語版Wikipedia「Gastronomía del Sahara Occidental」(≫こちら

ムレイフィサ

タイトルは「西サハラの美食」。
ネットを使った検索をしていくとすぐに気づくことがあるのですが、それは西サハラ料理の情報はスペイン語で探すのが圧倒的に良いということです。西サハラの政府行政機関であるポリサリオではスペイン語を公用語としています。また西サハラからスペインが撤退(1976年)する最後の18年間(1958-1976)は西サハラはスペインの国内州でこのときの住民はスペイン市民権がありました。事実西サハラがモロッコに占領されてサハラウィ(地元民)が撤退を余儀なくされたとき、ティンドーフ(アルジェリア南西部のポリサリオ拠点)に難民となる者のほか、スペイン本国に移住した者も大勢います。西サハラの公用語の1つがスペイン語であり、モロッコ占領前は地元民はスペイン語を使っていたであろうことや、西サハラのことをよく報道する欧州メディアはスペインにあることを考えると、情報検索はスペイン語をメインに行っていくのが良いのです。
(※個人的にはグアテマラのスペイン語学校に通っていたことがあるので、学校で勉強をしていないアラビア語よりスペイン語のほうが断然分かるというのもあります。)

ということで、スペイン語版Wikipediaの「Platos」(料理)の項にはこう書いてありました:
「ムレイフィサ:地面の上で直焼きする非発酵パンの料理。ウサギ肉を乗せて。」(Mreifisa, pan sin levadura cocido en la arena. Lleva carne de conejo.)

Wikipediaに書いてある情報はあくまで参考程度にとどめるべきですね。今回の記述もなんか微妙。野うさぎ? 砂の上で焼くパン? いやサハラにうさぎがいてもいいし、遊牧民は焚火をした熱い砂にパン生地を埋めて焼くことは知っている。だけどシチュエーションが妙に限定的なのは、そういうシチュエーションの記録を引用したからではないでしょうか。思うに、西サハラでは1950年代くらいから(上記の市民権獲得の頃から)都市部への定住が進んでいるから、都市部は都市部なりにプロパンガスや土釜でパンを焼きますし、こういう肉料理は市場で普通に売られているヤギや羊や、ときにラクダ肉を使うのではないかと思います。

なお「Gastronomía del Sahara Occidental」のアラビア語ページは作られていませんでした。

Google画像検索「dakhla comida」

ムレイフィサ

その国の料理を探すとき、国名ではなく都市名を入れて検索するとより的確な結果を得られることが多いんです。行って思ったんですけど、西サハラの首都(宣言上の首都)であるラユーンはかなり高度にモロッコ化していて、第二の都市のダクラのほうがサハラウィ(西サハラ先住民)がたくさん残っていて西サハラらしさがあって面白かった。

なので西サハラの主要都市である「ダクラ」の名を入れて「ダクラ 料理」という検索をしました。結果は、モロッコ料理と同じ料理と海鮮料理が多かった。そりゃそうか。沿岸部はモロッコの占領地域で相当のモロッコ人が移住・入植してきている。そしてレストランでは「オススメ料理」として海産物を掲げるのも当然だ。もちろんモロッコ料理も海産物も「現在の西サハラ料理」であるのだが、私が求める土着のサハラウィ(西サハラ先住民)の料理とは違う気がする・・・。

Google画像検索「gastronomia de el aaiún」

ムレイフィサ

ダクラは完全に海に面した街なので海鮮料理が多いのかもしれないな。ならば少し内陸に入った、都のラユーンの料理を探してみよう。・・・私はモロッコから車でラユーンに入ったのだが、街に入る少し手前、ラユーンに入るゲートで車を止めました。遠目に見える「あの街がラユーン」と教えられ、つい車を下車して美しい街に見入ってしまった思い出がある。桃色の建造物が遠くの丘の上に立ち並び、「なんと美しい桃源郷だろう、あれこそ桃源郷だ」と、桃色の街を旅心に満たされながら眺めたものだった。

「ラユーンの料理」という検索をスペイン語で「gastronomia de el aaiún」として行った。もちろんラユーンはモロッコ占領地でモロッコ人入植者が多く、検索結果もモロッコと共通する料理がよく出てくる。その中に、・・・あった、「Mreifisa」(ムレイフィサ)の文字!!(画像の中の水色の部分)

Sabores del mundo. Sahara Occidental. Un mreifisa para la esperanza(≫こちら

ムレイフィサ

9:53 「アンムレイフィサ」

スペインのテレビ番組です。綴りは「Un mreifisa」。なので不定冠詞を除けば綴りは「Mreifisa」で発音は「ムレイフィサ」と確認できた。番組の動画が見れました。字幕がないスペイン語ですが、サハラウィ(西サハラ先住民)難民に対する国際援助の介入、スペインによる人道支援について解説しており、それから女性は難民キャンプの記憶を語りながら「ムレイフィサ」を作っています。神に感謝し、希望を忘れずとも言っている・・・。

そのことから、西サハラの人々にとって「ムレイフィサ」は極めて大事な料理であることを理解しました

ムレイフィサはまた、カロリーが高い食事であると紹介しています。このことは後述するマリアトンタ(砂漠の肥育の習慣)の食事の継承であることを確実にしています。またここにレシピが掲載されていて、先ほどのWikipediaと大きく違う点が3つありました。1つはウサギじゃないこと(羊肉使用)、2つめは砂の上で焼いていないこと(オーブン使用)、3つめは非発酵パンではないこと(ドライイースト使用)でした。

Youtube動画「Mreifisa saharaui」(≫こちら

ムレイフィサ

0:11 「メレフェイサ」

スペイン語の動画です。これまでの「ムレイフィサ」と違う音ですが問題ありません。アラビア語は話者により母音が変動的、子音が合っていれば同じ単語として解釈できるのです。ムレイフィサの子音は「M R F S」。メレフェイサも子音は「M R F S」。←ほらね。同じです。

この動画では、羊肉使用、発酵したパン使用、おそらくパンはオーブンで焼かれたもの。玉ねぎと塩と油たっぷり。じゃがいもがまるっと加わっていました。後ろで「√やばに~♪√さはら~♪」(訳:ああサハラの息子よ)と、西サハラの国歌が流れていて、これはイイ動画ですネ(^。^)♪

Youtube動画「Receta saharaui de Mreifisa. Receta de pan sin levadura.」(≫こちら

ムレイフィサ

0:06 「ムレイフィサ」

スペイン語の動画です。タイトルの「Receta de pan sin levadura.」は「非発酵パンを使ったレシピ」という意味です。キャプションに「本物のムレイフィサパンは、薪で熱した砂に埋めて作られる」(El auténtico pan de mreifisa se hace enterrado en arena precalentada con leña.)と書いてある。またここに「オリジナルとは異なりますが」と書かれており、動画中では塩以外にこしょう、クミンパウダー、ジンジャーパウダーを使っていました。ピーマンとパクチーも加えていて美味しそうです。

مريفيسة | الموقع الثقافي للصحراء(≫こちら

ムレイフィサ

タイトルから「ムレイフィサ」のアラビア語が見つかりました。「ムレイフィサ」は「مريفيسة」です
サイト名の「الموقع الثقافي للصحراء」は「砂漠文化のサイト」という意味。

・・・ここにすごいことが書いてあった!
ムレイフィサはマリアトンタである、と!!!

ムレイフィサ-مريفيسة
マリアトンタ-مارية طونطا
シンプルで栄養価の高い食事-الوجبات البسيطة و المغدية في
肉なしも好まれる-التي يفضلها البعض عند الاستغناء عن مادة اللحم

ムレイフィサの材料は、
非発酵のパン-خبز الفطير
動物の脂肪(ヤギ)-دهن (ماعز)
肉のゆで汁(ラクダ)-مرق لحم (ابل)

サハラ砂漠の習慣として。
有名なのはモーリタニアの習慣としてですが、「女児の足を棒で挟んで痛めつけて気を紛らわせながら(あるいは拷問しながら)1日に10,000~15,000 kcalものハイカロリー料理を強制的に食べさせる」という、日本人から見ると驚く風習があります。いわゆる肥育です。女性は太って肥えているほうが良い妻になれると言われているからです。ちなみに現代栄養学的には1日の必要カロリーはざっと2,000 kcal。だから10,000~15,000 kcalとはすごいんですよ。

その料理がマリアトンタと呼ばれる。・・・私が知識として知っているのはこんな感じです。

Ancient Leblouh Tradition Continues to Endanger the Lives of Mauritanian Women|Inside Arabia(≫こちら

ムレイフィサ

上の写真が、その強制肥育の記事です。2本の棒で足を痛めつけて・・・も写っています。

Facebook投稿(≫こちら

ムレイフィサ

汁気を吸ったちぎりパンの画像。
投稿は「さあこれについて何か言ってちょうだいー!!」(قل شيئا عن هذا)
コメント欄には、「マリアトンタ」「マリアトンタ」「マリアトンタ」「体重を増やしたい人に最適」「古き良き時代」などなど。

Youtube動画「وصفات الزمن الجميل:ماريا طونطا/Maria tonta وصفة لزيادة الوزن وفتح الشهية طبيعية وسهلة التحضير」(≫こちら

ムレイフィサ

マリアトンタの調理動画です。すごい。。。パンをちぎって、砂糖水にオリーブオイルをたっぷり入れたものをかけて更にオリーブオイルをたっぷりかけている。。。これは「肥育」に確かに合う。そしてお腹がすいている者にはごちそうだと思う。私はソマリアで同じようなものを食べているだけに、それを思い出しながらそう感じた。

Youtube動画「امريفيسة بالحم الابل بالطريقة الصحراوية」(≫こちら

ムレイフィサ

さてムレイフィサが「肥育」料理であることが理解できた上、ムレイフィサのアラビア語が分かったので、アラビア語でムレイフィサの調理動画を見つけることができました。
タイトルは「砂漠の調理方法でラクダ肉のムレイフィサを作る」。

0:05 「ムレイフィサ」

ここまで多数のムレイフィサ調理動画を見たので、ムレイフィサの作り方が大体わかってきます。
要は、1)肉と玉ねぎと塩を炒めて、2)水を加えて肉スープをたっぷり作り、3)油をどっさり入れ(←マリアトンタ;肥育的にここ重要ポイントかと)、4)煮ている間にパン生地をこねて(ドライイーストは入れなくてよい)、5)パンを焼き、6)パンをちぎり、7)ゆで汁を吸わせて、8)追加の油をかけ、9)肉を乗せて出来上がり。

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この記事のタイトルは、”これぞ西サハラ料理「ムレイフィサ」。それはマリアトンタの「肥える食」”としました。

私がムレイフィサを作るときは、油をたっぷりと使い、肉の旨味をたっぷりとゆで汁に含ませ、カロリーと旨味が両方大きな、サハラ砂漠の食文化を伝えられるようなレシピにしようと思います。

<結論>
西サハラの先住民サハラウィの伝統料理は「ムレイフィサ」(Mreifisa、مريفيسة)。基本的には、肉と玉ねぎと塩と油で肉煮込みを作り、非発酵の薄パンを焼いてちぎり、煮込みの汁を吸わせ、肉を乗せる料理である。体重を増やすための料理でもあり、現地の女児肥育の習慣にも食べられてきた。よって油をたっぷり使って作るのがこの料理の特徴の1つである。

レシピ概要は、1)肉と玉ねぎと塩を炒めて、2)水を加えて肉スープをたっぷり作り、3)油をどっさり入れ(←マリアトンタ;肥育的にここ重要ポイントかと)、4)煮ている間にパン生地をこねて(ドライイーストは入れなくてよい)、5)パンを焼き、6)パンをちぎり、7)ゆで汁を吸わせて、8)追加の油をかけ、9)肉を乗せて出来上がり。

* * *

<追記>
なおこのページの最初のほうで、Meifrisaという誤記のような料理名を見つけたときに「聞いたことないし、アラブ・ベルベルの音とは違う気がするぞ?」と思ったことを書きました。そして私はMreifisaのほうにアラブの音としてしっくりくるものを感じました。

アラビア語では「m」の音はしばしば分詞形を形成する接頭語となります。
カブサとマクブースは、中身が同じだけでなく、名前も同じなのだと確信しました。

バーレーン料理などで有名なマクブースとサウジアラビア料理で有名なカブサは、以下のような関係にあり、

カブサ

要は同じ名前の料理なのです。

モロッコ料理などで知られるルフィサ。子音は「R F S」。
西サハラ料理のムレイフィサ。子音は「M R F S」。
結局これらは根っこが同じ料理なのですね。冒頭の「M」は名詞化する接頭語なのでムレイフィサは「ルフィサっぽくするもの」みたいな意味になる。だからムレイフィサは「ム+リフィサ」なのです。
両者は同じ根っこの料理なのです。

今後はモロッコ料理で知られる「ルフィサ」を私自身も調理してレシピ化して、その語源や意味も含めて勉強をし、ひいては西サハラ料理「ムレイフィサ」の理解を深めようと思います。今後もこんな調子で頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします!



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