先日、2019年7月23日、NHK総合で放映された 「夢食堂の料理人〜1964東京オリンピック選手村物語」の制作において、チャド料理の情報提供と監修をしました。
放送直後にリアルタイムにサイトに書くのも苦手だし、放送前にカミングアウトもできないので、遅れてご報告します。
担当したのは、チャド料理のダラバについてです。
チャド料理のダラバについて。本当のダラバとは。
撮影時の調理は別に担当者がいらっしゃるので(私とは面識なし)、私は事前情報提供と、本場のレシピ提供です。
◆NHKドラマスタッフブログ(≫こちら)
この文中に出てくる「フードコーディネートなどをしてアフリカ料理に詳しい人を見つけ出し、色々と知恵を拝借したりもしました。」にあたるのが、九分九厘私のことです。間違いないでしょう。チャドで現地で本物を食べ、今も連絡が取れるチャド人友人がいて、料理研究家をしている私は、「チャド料理やレシピについて情報提供できる人」という点においては稀少な存在です。
ダラバは、「1主食+1おかず」という典型的アフリカ料理のひとつです。
オクラを細かく刻むか、オクラを細かく煮ている鍋の中で木の撹拌棒を使って破砕するか、オクラパウダーを使う等、いずれかの方法によってネバネバのきついシチューを作るものです。チャドはお肉の国なので、多くの場合は肉が入ったダラバが作られます。
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ドラマの設定は、1964年東京オリンピックのために世界中から選手が東京に集まったときの話です。選手宿舎や食堂施設がある代々木の「選手村」には日本中から料理人も集まりました。
チャド代表選手が、母国の料理を食べたいと、元気をなくしていました。
チャドはフランス語が公用語で、彼はフランス語で訴えます。
「Je veux manger daraba.」(ダラバが食べたい)
「ダ・・・ラバ?」
「なんか、料理の名前みたいだが・・・。」
「y a n’est qu’en Tchad.」(チャドにしかない)
時は1964年。
アフリカの秘境の料理など誰も知らない。
料理人はダラバについて聞き取りを始める。
最初作った料理はまるきり違うものだった。
「チャド選手のために」と努力して、だんだんダラバに近くなる。
喜んで食べるチャド選手。やっと「C’est du daraba.」(これはダラバです!)と喜んでもらえた!!
ただし、本当は肉のダラバではなく、故郷の味の「魚のダラバ」を食べたいという。やがて日本人調理人たちは彼の喜ぶ「魚のダラバ」をも作ることができた。
その甲斐があり、メダル獲得はできなかったものの満足のいく結果を出せた。そして彼からは「胸を張ってチャドに帰ります」という言葉も出た。
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本編を見て、私の感想は、まず、当時の映像がときどき交ざっていて、感動しました。
だって、1964年のチャドだよ!!って。
制作会社と私の打ち合わせがきっかけになったのかどうかは分かりませんが、打ち合わせのとき、私、ぽろっとこんなことを伝えたんですよね。「1964年ですよね。アフリカ各地が植民地被支配を終えて続々と独立国になっている頃です。チャドの独立も1960年ですから、1964年の東京オリンピックは独立国になって初めてのオリンピックで、国民はみんな本当に嬉しかったでしょうね。」と。
それが、ドラマ作成にも影響したのなら、嬉しい限りです。体調を崩したチャド人選手の想いを示す言葉にも、「独立してから最初のオリンピックです」とありました。
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次に、チャド料理のダラバの感想ですが、放映された料理は随分と異質なものになりました。でもドラマの主旨はアフリカ料理など知らない日本人調理人が頑張ってチャド人のために見知らぬ料理を作るという設定ですから、本格的なチャド料理そのものが出来上がらなくてよい(むしろ出来たらおかしい)。これに尽きるでしょう。
もうひとつの感想は、チャド人選手を演じた俳優の選出についてです。私は今回の放映のことをチャド人マダムにフランス語で報告をしたのですが、ネットに上がっていた数十秒の映像部分を見た彼女から、「チャド人を演じている俳優が話しているフランス語はチャドのフランス語ではないね」と言われたことでした。
すごいなあ、私には違いが分からないや。
ただ似たような違和感は私も感じていて、私自身が感じたこととしては、ダラバを食べるときの右手の使い方が不自然だったこと。モチ状の主食を食べるアフリカ人を見てきた記憶と何か違う気がしたのは、俳優がセネガル人だったためではないかと思っています。セネガル人ゆえモチ状の主食で育っていないのかもしれないのです。セネガルにモチ状の主食がないとは言いませんが、アフリカ料理においては、もっとギニア湾岸(コートジボワールとか)に行ったほうがモチ度が上がるのです。
チャド人を演じるのであれば、せめて隣国のカメルーン人やその隣の隣のベナン人を探すなどすれば、近いフランス語を話し、近い指の使い方をしてごはんを食べる人が見つかったかもしれないな。チャドとセネガルは、位置も文化も遠すぎる。。。
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でも大丈夫。上に挙げたことは不満にはまるきり至りません。
しかし不満がひとつだけ。上にも挙げたスタッフブログの下部にあるダラバのレシピ紹介の部分です。「このドラマを見て、アフリカ料理に、またこのダラバという料理に興味を持った方もいると思うので、特別にダラバレシピを公開します。」と書いてあるけれど、これはまるきりダラバではない!!!!!
<解決方法案>
・紹介文章を、「このドラマに登場した、日本人料理人が作成した設定の「番組オリジナルのダラバ」のレシピを紹介します」とすればよい。
理由は、放映されたダラバはあくまで創作料理だからです。
次に校正。
<誤りを含むと思われる点>
・アフリカのこのテの料理に、普通は魚の頭を敢えて乗せることはないのでは。指食なのと、噛まないで食べる人も少なくないので、危険です。
・唐辛子が輪切りになってチョンチョンと乗る料理は普通はないだろう。このテの料理は辛くなく作り、ピマン(辛い唐辛子)はすり潰しを卓上に置くか、辛味があまり出ないように丸ごとのまま煮汁に入ります。生唐辛子をそのまま飲み込んだら危険でしょうよ・・・。
・ごはんの粒々が見えている。ガーナのトゥオ然り、もっときめ細やかに練るのが普通です。
・すり潰すんじゃなくて、搗いて練る。よってもっと硬いテクスチャになる。
・「フフという主食」という表現。チャドではアシとかイシュとかブルとか言うと思うのだが(チャド人マダムともそうやりとりしています)。フフという人がいてもよいが、ここで記すなら、ダラバがアラビア語チャド方言なので、あわせてアラビア語表現でアシでいいんじゃないかな。
・「フフという主食は通常雑穀を使う」という表現。フフは通常マニオク(キャッサバ)やプランテンバナナです。チャドの主食を指すなら、ソルガムのアシを想定して文章を書けばよかった。
・オリーブオイルを何故使う?
・油が少ない。
・あと作るときの火力が弱いように見受けられる。
・魚のダラバはもっとトマトを多くして赤く作ると現地っぽい。あと魚のダラバにピーナッツバターは現地では通常使わない。
・フェンネル粉末という記載では、葉の粉末なのか、種の粉末なのかが分からない。両者は味が違う。
・なんでさつまいもをみじん切りにして具に加えているんだろう。使うならさつまいもをマニオク(キャッサバ)に見立てて皮をむいてゆでればよいのに。
・「塩気が強くならないように」ではなく、「主食にこれをつけたら飲み込めるように、ぼけない程度に塩気を強くつける」と書くほうがよい。
私はね、「アフリカ料理に、またこのダラバという料理に興味を持った方のためのレシピ」ならば、ちゃんとチャド感を出してほしかったんですね・・・。それが国民的テレビ局の責任でもあるのではないでしょうか。
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チャドという国。
日本人が国名以上のことをあまり聞いたことがないかもしれない国の1つです。内戦に次ぐ内戦、政治的緊張に部族間対立にと、行きたくてもそうそう行ける国でもありません。フランスに内陸国にさせられ、東にダルフール、北にリビア、南にアナーキー(※無政府状態)な中央アフリカ共和国北部。旅慣れたバックパッカーすら排除するような国です。多分、世界旅行バックパッカーをランダムに1000人選出したとして、チャドに行く人は1人いるかいないかという確率なんじゃないかな。・・・スーダン側が大丈夫だった頃は良かったんだけどね。でも今や、チャドは、袋小路のアフリカの秘境なのです。
経済的にもどれだけ苦しんだか。180か国を対象に国民幸福度を試算した論文では最下位3か国の中にチャドが入っていました。そんなところでも、それでも人は住んできた。そういう国や地域がどういう食文化を育んだかという、美しいサヘルやブラックアフリカの文化への理解を失念し、チャドへの理解に対する真摯な態度を欠いているのが、レシピ紹介 -それはチャドの美しい食文化の紹介- において間違いを生んだ大きな理由と思いました。しかも国民的テレビ局ですからなおさら残念です。
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とはいえ。
私もいつもそのリスクと背中合わせです。
人にものを教えること、伝えること。
とてつもなく責任の重いことだよね。
世界の料理に関して言えば、私は実体験における記録も重んじているため、医学症例論文(例えば、症例A患者にBパルス療法が奏功した例、みたいな)のような趣きも入りますが、事実の見聞を伝えることはそれはそれで成果です。ステレオタイプにならないように、フィクションでないように、きちんとしたサイトを作るように、これからも努力を続けることを頑張ります。
末筆になりますが、今回の仕事をお引き受けさせていただいて、心底感謝しています。私自身の勉強にもなり、チャドとチャド料理にも理解が深まり、チャド人マダムにも広報で広めてもらえ、アフリカが一層大好きになりました。番組制作会社の方には大変お世話になりました。ありがとうございました。