ある日、カリブ海の小国の英語ガイドブック(旅行用ガイドブック)を読んでいた。そこに、「ciguateraに注意」と書いてある一文を見つけた。
それはアンティグア・バーブーダ料理のページであり、フロリダ(米国)までの海域で獲れる魚に注意を喚起していた。
ハッとした。
確かに、カリブ海の島国は、きれいな海をもつ。だけど、よく食べられている料理は、ジャークチキンやカリーゴートやステューポークなど肉料理が思い浮かぶ。魚料理といえばソルトフィッシュで、カナダ沖で獲れるタラの塩漬けを輸入している。確かに、鮮魚をあまり食べないなと思ったことはある。今まで何度かその考察に直面することがあっても「魚を食べる習慣が薄いのね」と思って終わらせてきてしまった。
しかし今回、魚を忌避するひとつのキーワードとして、「シガテラ」が浮上しました。そこでこの記事では、なぜカリブ海では魚を食べる習慣が薄いのか、という疑問に対する答えを推測し、まとめてみます。
* * *
1)暑い気候
- 日本において「日本海の魚が旨い」という評価は高いだろう。そういえば沖縄では豚肉をよく食べる一方で魚をあまり食べないようだ。カリブ海は赤道に近い。それだけ暑いと魚の味もいまひとつ。鶏や豚を食べるほうが旨いのだろう。
- 暑いと魚の貯蔵に設備や技術が要る。漁港近くに限るならいい魚も手に入るかもしれないが、カリブ海は途上国群であり、輸送も貯蔵もイマイチだとすると、魚料理が国民食にならないのだろう。
- よって、魚を食べる習慣があまりない。
2)きれいな海
- 目を見張るほど海がきれいです。でも海がきれいということは養分に乏しく、魚にとっては良い生育環境とは言い難く、よって良い漁礁にはなりにくいのだろう。
- 海のきれいさから観光業が主要収入源になる。ダイビング、シュノーケル、ビーチリゾート、オーシャンビューのホテルやレストラン・・・、こんなところに漁船が走ると良さが失せるし、漁船の廃油が観光地の海を壊し観光客を減らすおそれがあり、水産業が発達しないのだろう。
- ただし、外国人観光客が来るオーシャンビューのホテルやレストランの人気料理としてはやはりシーフードが求められる。だから店もシーフードを出す。だからこそ英語ガイドブックに「シガテラ(魚の食中毒の毒素)に注意せよ」と喚起がなされているのだろう。
- なお、地元の人はそのような観光客向けの店にはあまり行かないだろう。
- よって、魚を食べる習慣があまりない。
3)地理要件
- 「Upwelling」(湧昇、ゆうしょう)という海洋現象があるところは世界中で生産的な漁場となるが、カリブ海はそうではない。よってカリブ海は良い漁場ではないのだろう。参考:「湧昇」(≫こちら)
日本の近海はいいなあ。特に日本海はいい漁礁だなあと、この図を見てもつくづく思います。でもカリブ海にはそれがありません。
- カリブ海の島には、水産業につながる規模の湖や川があまりない。
- よって、魚を食べる習慣があまりない。
4)奴隷労働
- カリブ海の先住民はヨーロッパが持ち込んだ天然痘(致死率の高い感染症)や強制労働などにより絶滅させられ(※)、労働力としてアフリカから黒人が移送され、サトウキビプランテーションで酷使させられた。つまり、カリブ海の重要な歴史には魚産業がない。今もカリブ海の産業といえば、観光、サトウキビ、ラム酒である。
- 奴隷制度時代、宗主国が奴隷に船を与えたとは考えにくい(そんなことをしたら逃げられてしまう)。よって魚産業が発達しなかったのだろう。
- 奴隷に鮮魚を食べさせていたとは考えにくい。
- 奴隷制度は今は終わっている。魚産業が発達していない土地で食糧生産に就労するなら、魚を獲るよりも鶏や豚を飼うほうが楽で効率がよく、国民も就農しやすいだろう。
- よって、魚を食べる習慣があまりない。
※ドミニカ国のごく一部の保護区域内の村のみ先住民が残る場所があります。
5)タラ貿易
- 「19th Century Salt Fish Markets」(≫こちら)の一文に、「(19世紀のカナダの塩魚市場として)ブラジルとカリブ海諸国は大変重要な市場であった。」(Much more important were Brazilian and Caribbean markets.)と書かれている。前後を読むと、いかにカリブ海が塩タラを輸入していたかがよく分かる。
- 今もカリブ海の最も人気ある魚料理はソルトフィッシュと言えるだろう。これがカリブ海の伝統料理である。
- よって、近海魚を食べる習慣があまりない。
6)シガテラ
- <シガテラの基礎知識・1>原因はGambierdiscus toxicus(植物プランクトン)が作る毒素(シガトキシンなど)で、サンゴ礁海域にみられ、これを捕食した魚に毒素がたまる(食物連鎖するのでその魚を食べた魚にもたまる)。その魚を食べたヒトには消化器症状をはじめ様々な食中毒症状が発現する。
- <2>特徴的な症状は「ドライアイスセンセーション」。例えばお風呂でお湯を浴びているのにも関わらず、氷水がかかったかのように感じる。これが数か月持続するのだから深刻である。
- <3>耐熱性毒素であり、魚を煮ても焼いても除毒できない。味がしないので食べているときに毒の存在に気付かない。
- <4>シガテラ食中毒の原因となる魚は数百種類。日本ではオニカマスの食用が禁止されている。
- <5>原因プランクトンの分布がサンゴ礁のある暑い海に限られるため、日本では沖縄(温暖化により本州でも中毒事例があるが)、世界的にはカリブ海が筆頭。そもそもシガテラの原因プランクトンは仏領ポリネシア(日本人がタヒチと言ってピンとくるところ)で発見された。サンゴ礁があるということは海がきれいで観光客が喜ぶような海である。こういうところがシガテラの発生地帯でもあるということだ。
- カリブ海には豊富なサンゴ礁があり、シガテラが多く、よって、食べられる魚の種類が限られる。魚の食中毒の古い記録もあるそうで、長年の人々の経験からも、魚に安心できないのだろう。
- よって、魚を食べる習慣があまりない。
* * *
概ね、私が勉強をしてまとまった知識は以上の通りです。なお薬学部などで食中毒の講義を受け持っていたこともあり、魚以外の食中毒にも広い全般知識をある程度持った上で、今回はシガテラに深く入り込んで勉強をしました。・・・教えているときに、カリブ海を旅行した経験があればよかったな。もっと説得力のある講義を構築できただろうな。
そもそも、魚による食中毒と言われれば、腸炎ビブリオやフグが一般的には思いつきやすいはず。腸炎ビブリオは真水にさらせば原因菌が死滅するので(だから寿司屋のまな板は流水にあてています)、フグも食べてよい部位とそうでない部位が熟知され、魚食いの日本人は、古くから経験的に予防法を確立しています。諸外国だってこういう経験的予防法はそれぞれ得ているように思います。それが、カリブ海の場合は、「近海魚は食べない」という予防傾向を生んだのではないでしょうか。
なお、カリブ海でも、輸入の塩タラ以外のシーフードも食べられています。魚を避ければシガテラの心配が減るのだと思いますが、エビ料理各種、ロブスターは人気料理です。トリニダードトバゴのサメ料理もあります。ハコフグも食べられていましたし、実は普通に魚の形をしている魚も売っています。その「普通に魚の形をしている魚」の場合、1)シガテラ毒素を蓄積しない種類であるか、2)カリブ海の外から輸入したか、のどちらかであると思います。
写真は、シガテラ汚染地域に属する国のひとつ、米領バージンで食べた魚のトマト煮です。これを食べたときは、ここがシガテラの危険がある地域であるという認識を持っていませんでした。
これは「Kingfish」(キングフィッシュ)というブリ系の魚です(※)。
※Kingfishが何の魚を指すかは曖昧で地域差があるので、米領バージンで言うKingfishは何なのか、この魚を特定するのは今後の私の課題です。
今思うと、この地域に人にとって、やはり近海魚は食べないものなのかもしれません。このブリだって、遠洋漁業で獲ってきたか、本国(米国)あたりから輸入されたかのどちらかだと思うのです。今このブリの料理を振り返って、「このブリならシガテラがない」ことを、地元の人も分かっていたのだろうなと思うのです。
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<まとめ>
以上本稿では、なぜカリブ海では魚を食べる習慣が薄いのかという疑問の答えを推論し、まとめました。なおここで言うカリブ海は、例外なきカリブ海全域という意味ではなく、また「ない」という記載は0%という意味ではありません。
要点は、
- 暑い気候:魚の味がいまいち。輸送や貯蔵の問題。
- きれいな海:魚が少ない。漁船は観光の妨げ。
- 地理要件:良い漁礁を作る湧昇がない。湖や川が少なく魚を獲る習慣が薄い。
- 奴隷労働:魚産業の歴史がない。奴隷制度が終わったあとの就労としても、魚より鶏や豚のほうが現実的だ。
- タラ貿易:カリブ海は北方から塩タラを大量に輸入していた。近海魚ではなく輸入の塩タラがカリブの食文化だ。
- シガテラ:カリブ海はシガテラが多く、経験からも魚に安心できない。
こういういろいろな要因が相まって、結果として、タンパク質源としては、鶏肉、豚肉、ヤギ肉などを食べる食文化が形成されたのでしょう。
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せっかくなので、上の「ステューキングフィッシュ」のレシピを掲載しておきます♪
レシピは簡単です(≫詳細はこちら)。
材料(2人分):
- トマト
- 1個
- 玉ねぎ
- 1/2個
- 小ネギ
- 小口切りで大2
- にんにく
- 1かけ
- 生姜
- にんにくと同体積
- レモン果汁
- 大2
- 唐辛子(※1)
- 1本
- ブリ
- 切り身2枚
- 薄力粉
- 大2
- サラダ油
- 大2
- トマトピューレ
- 大1
- 砂糖
- 少々
- カレー粉(※2)
- 少々
- 練り辛子(※2)
- ごく少量
- 水
- 1/2C
※1:唐辛子は鷹の爪を使用しました。あればスコッチボネット種のカリブ海唐辛子があると香りが近づきます。
※2:カレー粉と辛子を入れるのはカリブ海のコロンボパウダーの代用です。入れなくてもよいです。
作業工程:1 時間 30 分(マリネ時間を1時間とした場合)
- トマトを粗く刻み、玉ねぎは3~5mm幅に薄切りにし、小ネギは小口切りにし、にんにくと生姜はみじん切りにし、ボウルに入れる。
- ボウルに、レモン果汁、唐辛子、ブリの切り身を入れ、全体を混ぜ、ブリを1時間(~1晩置いてもよい)マリネする。
- ブリの切り口が白くなったら、ブリを別のボウルに取り出し、薄力粉を両面にまぶす。
- 小鍋にサラダ油を入れて熱し、ブリの切り身を入れて両面揚げ焼きにし、取り出しておく。
- 残った油にボウルに残った野菜を入れ、鍋の温度が下がったところでボウルに残った汁を入れ、中火にかけてトマトを潰しながら加熱する。
- トマトピューレ、砂糖、カレー粉、練り辛子、水を入れ、ややとろみがつくように水分が飛ばしながら火にかける。
- 玉ねぎが煮えたら味見をし、塩加減、酸味加減などを好みに調える。酸味が強い場合は砂糖を少々加える。
- ブリの切り身を鍋に入れ、全体にソースが絡むように混ぜたら出来上がり。
- Enjoy!
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