ウイグル家庭料理の自分用記録(1)茶とパンと甘味

2021/06/16

私は、2020年度の冬の一時期、用があって日本在住ウイグル人ご家族のご自宅にしばしば訪問していました。そこで、私にとって最高に最良の体験だったのは、主にママが作ってくれる「ウイグル家庭料理」の数々でした。そしてそれが「日本で買う食材で作れるウイグル料理」だったことでした。

先方のご家族と食事をとるときには、料理名や作り方を教えてもらったので -もちろん用事の主目的が料理ではないので詳細を教わる時間はありませんでしたが- ここに「学んだものが無駄になってはいけない」という信念を込めて、私にとって宝物の思い出となるウイグル料理の記録を作らなくてはならないと思いました。そして作ってみたら編集期間は数か月にわたり、写真185枚を編集し、書いた文字は3万字になりました。膨大なので、食事体系別に7つに分け、記事にします。ウイグル文字をきちんと検証し、作り方など教わったものもコツを書いているので、役立てる内容になっているのなら嬉しいです。

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ウイグル家庭料理、第1回・茶とパンと甘味

◆チャイ(چاي)とエッケンチャイ(ئەتكەن چاي)

ウイグル料理チャイ(چاي)は茶の意味。写真左は茶葉のみを使ったお茶で、普通にチャイ。一方で写真中央手前のエッケンチャイ(ئەتكەن چاي)は、「エッケン」が「作った」という意味なので「作ったチャイ(茶)」の意味になる。この「作った」とはミルクやスパイスなどを入れることを指す。エッケンチャイの基本は塩入りミルクティーで、バターや生クリームを少々足して旨味とコクを出す。砕いたシナモンを入れるときもあるそうだ。
*ミルクが入る茶でも、エッケンチャイはミルクティーとは違う概念である。日本人がイメージするようなミルクティーはスッチャイ(سۈت چاي)(スッ=ミルク)と言いエッケンチャイとは違う概念。

「چاي」(チャイ)は「چ ا ي」で「y a ch」を右から読む。
「ئەتكەن」(エッケン)は「ئ ە ت ك ە ن」で「n e k t e -」を右から読む(最初の文字は無音価字母)。
「سۈت」(スッ)は「س ۈ ت」が「t ö s」でこれを右から読む。「ۈ」の音価は「ö」で「ウの口の形でエを混ぜるような音」とウイグル語辞書に書いてある。キリル文字の「Ү」(キルギス語でユー(注:モンゴル語ではウー))。

◆エッケンチャイ(ئەتكەن چاي)の作り方

ウイグル料理
<エッケンチャイの作り方>牛乳は成分無調整とか北海道とか濃厚とか書いてある美味しそうなものを買っておく。小鍋に水500 mLと塩を入れて火にかけて塩を溶かす。紅茶やカラチャイ(現地の紅茶)を入れてボコボコ沸かすことで紅茶の旨味を出し、塩が完全に溶解する。茶葉は取り出しても取り出さなくてもよい。水と同量の牛乳を入れる。牛乳を入れたら長い時間は沸かさず(でも写真のように牛乳に空気を含める)、塩加減を味見し、仕上げに生クリームやバターを好みで少々入れて(どちらか一方のみ。両方は入れない)出来上がり。総量およそ1 Lに対し茶葉は2 g(ティーバッグ1つ)。アールグレイなどのフレーバーティーも良い。茶葉は取り出さずにおかわりするときまで入れておいてもよい。

◆エッケンチャイ(ئەتكەن چاي)を作るティーバッグ

ウイグル料理意外かつ嬉しかったのは、中国沱茶(とうちゃ)みたいなブロック状の茶葉を使うのかと思いきや、日本の市販のティーバッグ(茶葉2 g/包)だったこと。しかもフレーバーティーバッグも使う/使えるとのこと。

◆ナン(نان)とエッケンチャイ(ئەتكەن چاي)

ウイグル料理エッケンチャイ(ئەتكەن چاي、塩入り濃厚ミルクティー)には、ちぎったナン(نان、パン)を落として吸わせてから食べると美味しいと言うのでやってみた。

「نان」(ナン)は「ن ا ن」で「n a n」を右から読む。

◆ナン(نان)

ウイグル料理ナン(نان)はウイグルの円盤状パン。主食の代表だ。フチを厚く、相対的に中央部を薄くして作る。空気抜きのための剣山のような道具はウイグル語で「トゥクチェ」(تۆكىچە)という。

「تۆكىچە」(トゥクチェ)は「ت ۆ ك ى چ ە 」が「e ch y k ö t」、「ۆ」はキリルの「ɵ」でカタカナ化したら「ウ」、これを右から読む。

◆ナン(نان)の作り方

ウイグル料理<ナンの作り方>パン生地を作る。粉は、パン用強力粉使用のときも、中力粉使用のときもある。50℃くらい?(手を入れて割と熱めの湯)で生地を発酵させる。上のように成形したら、ママは、ナン(نان)の生地にみじん切りの玉ねぎ+黒ゴマ+溶き卵を乗せて、オーブンで焼く。焼けた玉ねぎとロースト状態の黒ゴマが大変に美味。また、卵液をフチに塗ればフチにツヤが出る。

◆カザンナン(قازان نان)

ウイグル料理カザンナン(قازان نان)の名前を聞いてすぐ分かった。カザン(قازان)は伝統の鉄鍋だ。現代ではフライパン。だからこの家庭でも、ナン(نان)の生地をフライパン焼きにしたものをカザンナン(قازان نان)と呼ぶ。

「قازان نان」(カザンナン)は「ق ا ز ا ن ن ا ن」が「n a n n a z a q」でこれを右から読む。ちなみにロシア国内タタールスタン共和国の首都のカザンは「كازان」。文字も発音も違う。

◆カザンナン(قازان نان)の作り方

ウイグル料理この日はパン用強力粉使用。ベーキングパウダーを入れてナン(نان)生地を作り、フライパンに入るサイズに延ばす。菜箸で穴をポツポツあけることもある。そして油多めで35分間焼く。プレーンなカザンナン(قازان نان)のほか、写真左下のようにチーズを、別バージョンでは玉ねぎを散らしてくるくる巻いてから円盤に成形することもある。

◆お肉入りカザンナン(قازان نان)

ウイグル料理お肉を少し入れるカザンナン(قازان نان)もある。お肉が入ると普通はグシュナン(گۆش نان)と呼ばれるが、お肉が少ないとカザンナンで良いらしい。羊肉が入るとやはり美味だよね。生地2層の間にお肉が見える。

◆グシュナン(گۆش نان)

ウイグル料理私が新疆ウイグル自治区の国境の町で食べて好物になったグシュナン(گۆش نان)。グシュ=肉なので、肉入りのナン(パン)。これはめちゃくちゃ旨い。
<グシュナンの作り方>小麦粉(中力粉でよい)の生地をナン作りの要領で発酵させ、円形に2枚延ばし、羊肉粗みじん切り+玉ねぎ粗みじん切り+塩+こしょうの具を片方に置き、もう片方をフタにしてかぶせて周囲を閉じて包み、油を入れたフライパンでおよそ35分焼く。

「گۆش نان」(グシュナン)は「گ ۆ ش ن ا ن」で「n a n sh ö g」を右から読む。「ۆ」(ö)はキリル文字の「Ө」でウやエやオが入る曖昧な音だが日本語カタカナ表記では「ウ」が最も近い。ウイグル人にゆっくりと「گۆ」を発音してもらうと「グュ」が一度に(グとュが同時に)発音される音になるので「گۆش」は「グュシュ」と表記することもできるが日本人が「グュ」を見てもグとユを別々に言うだろう。だから「گۆ」は「グ」と書くしかない。

◆グシュナン(گۆش نان)

ウイグル料理この写真はグシュナン(گۆش نان)の作りが分かりやすい。1)2枚の生地を使って肉を閉じている。2)フライパンで生地を焼いても中はふんわりしている。3)肉は多すぎない。
*この写真のグシュナンは後述のホーシャン(خوشاڭ、蒸したあとに油で揚げ焼きにする料理)の方法で作っているとのこと。

◆ペルムダサムサ(پەرمۇدە سامسا)

ウイグル料理
ウイグル料理
サムサ(سامسا)は新彊ウイグル自治区を旅するときっと見かける、小麦粉の生地に肉や玉ねぎの具がとろとろに入って窯で焼かれた軽食だ。家庭料理では家庭用オーブンで作る「大きく作るサムサ」という意味のペルムダサムサ(پەرمۇدە سامسا)が実用的のようだ。
*「ペルムダ」(پەرمۇدە)は大きく作るの意味だと言っていたが、辞書では焼きまんじゅうと訳されている。
<ペルムダサムサの作り方>
パン生地をB4サイズに広げ、薄く油を塗って、肉や玉ねぎなどの具を乗せ、賞状を筒にしまうときのようにくるくると巻いて、ねじって、オーブンで焼き、切り分ける。焼く前に溶き卵を塗るとつやが出る。2枚目の写真を見ると分かるが肉は多くはない。

「پەرمۇدە سامسا」(ペルムダサムサ)は「پ ە ر م ۇ د ە س ا م س ا」が「a s m a s a d u m r e p」でこれを右から読む。

◆ヘセルナン(ھەسەل نان)

ウイグル料理へセル(ھەسەل)=はちみつ、ナン(نان)=パン。だからヘセルナン(ھەسەل نان)は、はちみつパン。上述のプレーンなカザンナン(قازان نان)を焼いたものにはちみつを塗っている。甘くて美味。

「ھەسەل نان」(ヘセルナン)は「ھ ە س ە ل ن ا ن」が「n a n l e s e h」でこれを右から読む。

◆ヘセルナン(ھەسەل نان)の断面拡大

ウイグル料理ヘセルナン(ھەسەل نان、はちみつパン)の拡大。表面がカリっと、上面ははちみつたっぷり。生焼けなし。焦げなし。だから素晴らしい美味。

◆ヘセルナン(ھەسەل نان)とハルワ(ھالۋا)またはヤガクハルワ(ياڭاق ھالۋا)

ウイグル料理写真右はヘセルナン(ھەسەل نان、はちみつパン)。そこに添えられているのがハルワ(ھالۋا)。ハルワやばい、すごく美味しいよ。小麦粉と砂糖でこんなに美味しいのが作れるだなんてすごい。しかも作る時間も短くてすごい。市販のジャムとか一層買わなくなりそう・・・。ちなみに写真はクルミが入ったハルワ。だからクルミ=ヤガクだからヤガクハルワ(ياڭاق ھالۋا)。
<ハルワの作り方>予めクルミやナッツを砕いておく。砂糖は予め砂糖水にしておく。現地では砂糖はナワ(ناۋات)というクリスタルシュガーを使う。日本で手に入るものなら色の濃くてクリスタルなコーヒーシュガーがよい。水は溶き卵を作ったときの容器を水で洗い込むと美味しい。小鍋にオリーブオイルを入れて熱し、熱くなったら火を止めて小麦粉(種類は問わない)を入れ、炒めて、砕いたクルミやナッツを入れ、再度火にかけ、砂糖水、バターを入れ、粉に火が通るまでしっかりと練り続ける(10分くらい)。

「ھالۋا」(ハルワ)は「ھ ا ل ۋ ا」が「a w(v) l a h」でこれを右から読む。「ھ」は「h」の子音が脱落しやすいからはっきりと「ハ」とは聞こえない。比較として「خا」(xa、ハ)はしっかりと「ハ」の音を出すのだから、「ھا」(ha)の「ハ」は「ア」に聞こえやすくなるのだ。実は私も3回「ھالۋا」と言ってもらって3回とも「アルワ」と書き留めているし、ゆっくり言ってもらってやっと「ハ」が入っているかなと思えるような発音だった。また「ۋ」が「wやv」の音になるので、ハルワにもハルヴァにも聞こえる。つまり「ھالۋا」は、ハルワ、ハルヴァ、アルワ、アルヴァの間をいく曖昧音なので、日本人には難しい発音だ。
「ياڭاق ھالۋا」(ヤガクハルワ)は「ي ا ڭ ا ق ھ ا ل ۋ ا」が「a w(v) l a h q a ng a i」でこれを右から読む。「ڭا」は「nga」だが発音はヤンガクではなく「ヤカ°ク」。口中でガというのではなく喉で鼻音で言うガになる。

◆ハルワ(ھالۋا)またはヤガクハルワ(ياڭاق ھالۋا)とナワ(ناۋات)

ウイグル料理写真左はハルワ(ھالۋا)の拡大。右はナワ(ناۋات)すなわちクリスタルシュガー。同じものをイランでも見たことがあり、ウイグルはペルシャ文化の端っこにもあたるのだなあと実感する。現代ウイグル語の文字さえアラビア語よりペルシャ語に断然近いしね。ナワは日本で買っておらず地元から送ってもらったのだと言っていた。

「ناۋات」(ナワ)は「ن ا ۋ ا ت」が「t a w(v) a n」でこれを右から読む。末尾の「ت」(t)は子音のみなので有声音にならず、「ナワ」と書くほうが発音に近い。

◆ムラッバー(مۇراببا)

ウイグル料理甘いものをもう1つ教えていただいた。ムラッバー(مۇراببا)は主に果物などの砂糖煮で、ロシア語圏のコンポートやワレニエなどのような料理である写真はイチジクのムラッバー。まさにコンポートと呼ぶにふさわしい。すっきりした甘さが美味しい。
<ムラッバーの作り方>
イチジクを下ゆでしておく。鍋に砂糖と水を入れて火にかけて砂糖を溶かし、イチジクを入れて煮る。

「مۇراببا」(ムラッバー)は「م ۇ ر ا ب ب ا」が「a b b a r u m」でこれを右から読む。なお、辞書ではムラッバー(مۇراببا)だが娘はムラッパー(مۇراپپا)と言っていた(「پ」はp音)。

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以下は全7回の見出しINDEXです。次回につづく。



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