「肉(魚)の臭み消しに○○」というレシピの文言が、どうも好きではないです。
「肉の臭み消しにこしょう」
「魚の臭み消しにハーブ」
「肉の臭み消しに香味野菜」
「魚の臭み消しにあーだこーだ」
・・・
・・・
というような、「肉や魚が臭いこと大前提な文章」をしょっちゅう見かけて、なんか、「昔の調理本と同じことを書いているよなー」と、思います。
そりゃあ今だって高温下に置いておくとくさくなる。
冷蔵庫のない昔は一般人が手に取る段階ですでにくさかったこともあるだろう。
でもね、現代の今、一般家庭向きには、臭いことを前提としなくていいと思うんですよね。だって、食肉を作る人たち、漁船の人たち、流通・運搬する人たち、小売店の人たち、そういった方々のものすごい努力と技術の蓄積があって、私たちはいい状態のお肉やお魚を買えるのですもの。
それをくさいとしょっぱなから言うのは、生鮮品の流通にかかわる方々に失礼だと思うのです。だから、
くさいくさい言うんじゃなくて、良い鮮度で購入できることに対して、多くの方々に感謝と尊敬をしなければなりませんよ。
・・・という気持ちを抱きました。
また、私の母はそれなりに昔の人なんでしょうけど、「魚はくさい食べ物じゃない」と言って煮魚に生姜を入れない人でした。
もちろん、「肉や魚が冷蔵庫で古くなったら今どきだって臭いよ」と言う人はいるかもしれない。
でも、「たら」って仮定ですよね。
仮定よりも大事なことは前提。
レシピ文章でも、「魚が臭みが気になる場合は○○を足すとよいです」みたいに書いて、臭いことは仮定形にしても良い気がする。臭くないことを前提にして良い気がする。
* * *
さて、日頃より世界の料理をあれこれ作っている私ではありますが、
肉の旨味でスッキリ味わうスープとか、
肉や野菜の旨味を直球で味わうバーベキューとか、
家族の食事には、肉や魚自身のにおいも頻繁に提供したい。
食材自身のにおい。
そういうものを、消したりごまかしたりせず、直球で美味しいと感じるような調理を心がけていきたい。
だから、主婦として、まずは買い物のタイミングに気を配り、夏はクーラーボックス持参で買い物に行き、傷まないように調理計画を立て、肉や魚自身の美味しさを損なわないことを大前提として、これからも努めていきたいと思います。