ベルギーの都市「リエージュ」には、その街の名を冠したサラダリエジョワーズという料理があります。
・サラダリエジョワーズ:Salade Liégeoise
・リエージュ:Liège。ただし1946年までのリエージュ:Liége。
サラダ(Salade)はいわゆるサラダです。リエジョワーズ(Liégeoise)は「リエージュの」という意味です。地名から形容詞をつくるとき、「Japon」(ジャポン/日本))の場合は「japonais」(ジャポネ/日本の)になるなど、語尾が変化します。リエージュの場合は、「リエージュ+オワーズ=リエジョワーズ」(Liège+oise=Liégeoise)となります。
ここで疑問発生!
リエージュ(Liège)の「è」が、リエジョワーズ(Liégeoise)になると「é」に変わってしまうんです。また、現在は「Liège」なのに1946年以前は「Liége」と、ある日を境に「é」が「è」に変更されたことも混乱を来します。こうして「é」と「è」の使い分けが分からなくなってしまったので、フランス文学を専攻した友人にも教えていただき、自分も勉強しました。
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◆基本的に、フランス語の「e」は「ウ」の音になります(例外もたくさんあります)。アクサンがついて「é、è、ê」になると異なる発音や役割を与えます。
◆アクサンは、発音のルール(★1)と、文字位置による表記ルール(★2)の2つの要素をもちます。ただ、英語のアクセントのような強調や、中国語の声調のような上がり下がりの要素は含んでいません。
◆アクサンテギュ(accent aigu)
・右上がりのチョン(éの「/」)
・「e」のみにつき、「é」となる。
・aiguは「鋭い」という意味なので、「é」は口を思い切り横に開く感じではっきり「エ」と発音する。5月の「May」の「メ」につく「エ」のような感じと説明する人もいます。
・「é」の日本語のカタカナ表記は「エ」。
・café(カフェ/コーヒー)、opéra(オペラ)など。
◆アクサングラーブ(accent grave)
・右下がりのチョン(èの「\」)
・「e」のほか、aやuにもつき、「è、à、ù」となる。
・graveは「重い」という意味なので、「è」は口を半開きにする感じでボンヤリした「エ」と発音する。「bed」の「ベ」につく「エ」のような感じと説明する人もいます。
・「è」の日本語のカタカナ表記は「エ」。
・père(ペール/父)、siège(シエージュ/席)、rivière(リヴィエール/川)のように(★3)、単語末尾が「e」で発音がウまたは無音となる場合の前にあるものはアクサングラーブのことが多い(★4)。
・上のほか、très(トレ/とても)のような「s」の語尾の直前のe。そして例えばou(ウ/または)とoù(ウ/どこ)のような同じアルファベットで意味が異なる単語の識別。
◆アクサンシルコンフレクス(accent circonflexe)
・お山のマーク(êの「∧」)
・même(メム/同じ)やfête(フェトゥ/パーティー)などがあり、発音をカタカナ表記すると「エ」になる。
・古典的フランス語ではついていた「s」が消失してしまった名残なのだそう。確かに、mêmeの「ê」を「es」と置くと「mesmo」となり、スペイン語のmismo(ミスモ/同じ)と同じ言葉です(かつ英語のsameと同じ語源だと思う)。
・同様に、fêteが「feste」になると、英語のフェスティバルと同じ語源なのだと理解でき、パーティーという意味がつながります。
・hôpital(オピタル/病院)はそのまんま「hospital」になりますね。なんか感動します。
今回の話は、リエージュの「Liège」と「Liége」の検証なので、aやo、アクサンシルコンフレクス(∧記号)には、これ以上は触れません。
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「1946-09-17: Official French spelling of Liege changed from Liége to Liège.」
つまり、第二次世界大戦の終戦直後の1946年9月17日、リエージュのフランス語の綴りは、「Liége」から「Liège」へと改正されました。
上の「★1」にも書いたとおり、アクサンテギュ(/記号)は、何もなければ「ウ」と読まれてしまう「e」を「エ」と読ませるときの記号です。昔はリエージュを「リエジュ」と短く発音していたとのことなので、発音に基づいて「Liége」と綴られていたのだと思います。
上の「★2」には、「アクサンは文字位置による表記ルールでもある」とも書きました。「★3」の例のように、père、siège、rivièreと並べたとき、「Liège」と書くことは大変に整合性が取れている気がします。それは上の「★4」にも書いた通りで、「単語末尾が「e」で発音がウまたは無音となる場合の前にあるものはアクサングラーブのことが多い」という「★2」の「文字位置による表記ルール」に合っています。
これが、1946年に、かつて「Liége」だった綴りを「Liège」と綴るようになった経緯ではないかと思います。つまり、「★1」の発音に則ってエギュ(é)表記をしていたものを、「★2」の表記上の整合性からグラーブ表記(è)に変更したのでしょう。ただ、今でもベルギーには「Liége」という綴りを看板に掲げるお店もあるそうです。歴史的かつ伝統的な、あるいは、自分たちの誇りを持てる表現をしているのでしょうね。
ここまでで、「Liége」と「Liège」については、ひとまずの解決をしたことにします。
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次に検証するのは、現在のリエージュの正しい綴りである「Liège」と、形容詞化されたリエジョワーズ「Liégeoise」とで、「é」と「è」が変化する点についてです。
地名のリエージュ「Liège」は、上の「★4」に書いたように、「単語末尾が「e」で発音がウまたは無音となる場合の前にあるものはアクサングラーブのことが多い」という原則の通りです。
リエージュを形容詞化してそのまま「Liègeoise」としてしまうと、「è」の位置が「単語末尾の「e」の前」ではなくなるので、アクサングラーブ(\の記号)をつける原則から外れます。そこでアクサングラーブを外して「Liegeoise」としても、「リエジョワーズ」と読ませるためにはアクサンが必要。エギュ(/の記号)をつければ発音とも合い、「Liégeoise」とするに至ったのだと思います。
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ベルギーの都市「リエージュ」には、街の名を冠したサラダリエジョワーズという料理があります。
・サラダリエジョワーズ:Salade Liégeoise・・・「é」使用。
・リエージュ:Liège・・・「è」使用。
・ただし1946年までのリエージュ:Liége・・・「é」使用。
フランス語を学校では習ったことがない私なので、誤りもあるかもしれません。もしお気づきの点があれば是非教えてください。ただ今こうしてこの記事を書いている目的は、料理と料理名に関連して考察をすることです。そしてそれをきっかけとして、ちゃんと知りたいと思ったから、ちゃんと調べて、ちゃんと納得することができました。今までなんとなく逃げてきてしまっていたフランス語のアクサンにも向き合うことができました。嬉しいですね。
知識に芯のあるお友達のまきちゃんにも、メルシトレボクー(merci très beaucoup)!
ほんとにありがとう ♡
今なら私、トレ(très)のレがアクサングラーブって、発音の感覚と共に、すっごく良く分かりますよ!!
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リエージュってどんな街?
今も昔も交通の要所。発展している都会で、街歩きを楽しむところ。その中で、古き良き欧州を感じることができるみたいです。この写真も、ドイツのケルンからベルギーの首都ブリュッセルへ列車を乗り換えるときに撮影しました。