台湾に行くと時々見かけるハマグリスープ。これまで台湾の料理について勉強してきて、この料理名には2つの記憶があるんです。記憶にあるのはハマタンとグリタンです。それぞれゆっくり読めばハーマータンやグーリータンにもなりますね。伸ばすほうが言いやすくて自然かな。
しかしこれら、日本語のハマグリの2文字を取って、ハーマータンになったりグーリータンになったりしたのでしょうか?
そもそも、ハマやグリは台湾に元からある言葉なのか、日本語のハマグリが入っていったのか。興味が沸いてきました!!
ここでは、以下のことを検証しようと思います。
1)台湾ではハマグリを何と呼ぶのか。2)台湾のハマグリと日本のハマグリは同じものなのか。
それではやってみよう♪
* * *
◆Wikipedia「ハマグリ」(≫こちら)
まずは日本のハマグリを勉強しよう。
- 学名は「Meretrix lusoria」。ハマグリは単一の種である
- 属:ハマグリ属(Meretrix)、種:ハマグリ(M. lusoria)
- ハマグリ属(Meretrix)であるがハマグリ(M. lusoria)でないものには、チョウセンハマグリ(M. lamarckii)やシナハマグリ(M. petechialis)がある。
- しかし水産庁のガイドラインでは「ハマグリ(M. lusoria)でなくてもハマグリ属ならハマグリと呼んでよい」ということになってしまった。
- よって国内で流通するハマグリと呼ばれる貝は、事実上全部チョウセンハマグリまたはシナハマグリである。チョウセンハマグリが流通の3/4を占める。
ああ来た・・・、私が大っ嫌いなやつ・・・。食品にまつわる業界で「AでなくてもAと呼んでしまえ」という法令が作るゆがみ。Aに似たBを売りたい企業が圧力をかけるアレ。法令が通るとBがAとして流通するのでやがて国民が本当のAを知らなくなる文化崩壊。日本の食品業界の闇がどんどん深くなる。
◆中国語Wikipedia「普通文蛤」(≫こちら)
台湾のハマグリについて学びましょう。中国語Wikipediaでハマグリのページを読みました。
「台湾の言葉で「ハマグリ」とはもともとは「学名:Meretrix lusoria」つまり日本のハマグリと同じものを指していましたが、後に、台湾のハマグリは「タイワンハマグリ」(M. taiwanica)という別の種であることが分かりました。」(台湾语境下的“文蛤”原指这一物种,但后来发现当地“文蛤”只是形似,实际上是单独的物种台灣文蛤(M. taiwanica)。)
もともとは日本と同じハマグリ。でも今は別の種類のハマグリ(タイワンハマグリ)。
熊本大学教授の海洋生物専門家の記述です。
- 日本には、内湾の干潟と浅瀬に生息するハマグリ(学名 Meretrix lusoria)と、外洋に面した砂浜と浅瀬に生息するチョウセンハマグリ(Meretrix lamarckii)の2種が主に見られます。
- 台湾で大量に養殖しているハマグリ類を「台湾はまぐり」、日本に生息しているハマグリを「ハマグリ」と表記する。台湾では戦前から日本のハマグリを導入して養殖がおこなわれたが、現在の「台湾はまぐり」と日本の「ハマグリ」は遺伝子構成が異なり、台湾はまぐりはハマグリではない。
- 近年では有明海(九州)のハマグリを台湾で種苗生産してから東京湾に放流して「江戸前ハマグリ」として流通させているが、台湾はまぐりがまざっている。
上の中国語Wikipediaと同じことを言っています。
「華語:蛤蜊(ㄍㄜˊ ㄌㄧˊ)、台湾語:蚶仔(ㄏㆰ ㄚˋ)」との書き込みを見つけました。丸カッコの中の文字は台湾語のボポモフォ(注音符号)です。
では、漢字の2つと、ボポモフォ(注音符号)の2つを解析してみましょう。
(1)華語:「蛤蜊」のピンインは「Gé lí」、つまり「グ↑リ↑」という声調で「グリ」。
(2)ボポモフォ(注音符号)をばらして解析すると、
ㄍ:g
ㄜ:e(曖昧な音。ウ)
ˊ:二声(上げ調子)
ㄌ:l
一:i
ˊ:二声(上げ調子)
つまり「ㄍㄜˊ ㄌㄧˊ」は「Gé lí」すなわち「グ↑リ↑」という声調で「グリ」。
これで「華語:蛤蜊(ㄍㄜˊ ㄌㄧˊ)」のほうは音が解析できました。どっちをとっても「グリ」です。ちょっとゆっくり話すと「グーリー」。
タイトルを日本語にすると「教育省台湾語常用語辞典」。台湾政府による、台湾の言葉のオンライン辞書です。
これを見ると、台湾語の「蚶仔」は「Ham-á」。ハマと読める。
「ボポモフォ(注音符号)ないじゃん」と思ったけれど・・・
◆台湾語(台語)の表記法について/介紹台語ê表記法(≫こちら)
「台湾語の表記法に関しては、実はローマ字こそが正当な表記法です。」
だから、「蚶仔」を「Ham-á」と書くのね。ハマと読める。
そして先ほどの「ㄏㆰ ㄚˋ」のボポモフォ(注音符号)をばらして解析すると、
ㄏ:H
ㆰ:ㄚとㄇの合字でㄚがA、ㄇがM
ㄚ:ア
ˋ:四声(下げ調子)
よって、ㄏㆰ:ハン(mの口でン)+ア=ハマと読めます。
台湾人による記載では合字の「ㆰ」を「ㄚとㄇ」にして「ㄏㄚˊㄇㄚˋ」(ハマ)と表記するものも見かけます。だけど政府辞書の「Ham-á」に合うのは「ㄏㆰ ㄚˋ」のほうです。
これで「台湾語:蚶仔(ㄏㆰ ㄚˋ)」も音が解析できました。どっちをとっても「ハマ」です。マが下げ調子なので「ハマー」にもなる。
ハマグリは単一種であり、ハマグリ属Meretrixの一種である「Meretrix lusoria」のみがハマグリである。ただし食品の表記等ではハマグリ属Meretrixの貝ならハマグリでなくてもハマグリと表記できることになっており、台湾におけるハマグリはタイワンハマグリ(M. taiwanica)であってハマグリ(M. lusoria)ではないがハマグリとして流通することができる。台湾でのタイワンハマグリの名称は、カナカナ表記で、台湾語でハマ、中国普通話でグリ。漢字表記で、台湾語で蚶仔(ハマ)、中国普通話で蛤蜊(グリ)。ボポモフォ(注音符号)で、台湾語のハマは「ㄏㆰ ㄚˋ」(ㄏㄚˊㄇㄚˋの表記も散見されるがㄏㆰ ㄚˋのほうが適切)、グリは「ㄍㄜˊ ㄌㄧˊ」。台湾語はローマ字が正当な表記法で「Ham-á」。
まとまった!\(^o^)/
相図で説明するなら、ハマグリ属の中に○と△があって○がハマグリで△がタイワンハマグリ。ハマグリとタイワンハマグリは別物なんですよ。 「ハマグリ属はハマグリじゃん?」って言われそうだけど、例えばイヌ属の中にイヌとオオカミがあるのだけどオオカミとイヌは別物として区別するでしょ? それと同じで、タイワンハマグリはハマグリと別物で区別されるべきなのです。大事なこととして「属」は個体を示さないからです。
言葉だけでハマグリ・タイワンハマグリと並べると、人は頭に◎のような相図を思い描き大円の外がハマグリで小円がタイワンハマグリと思ってしまうからタイワンハマグリはハマグリと誤認するのです。でもそうじゃない。なのに、流通上の表記の規定でタイワンハマグリがハマグリでないにも関わらずハマグリ属の仲間ということでハマグリと表記してよいことになっている。・・・ともあれ、自分の中でここまで理解が及んだことは成果ですね。
* * *
最後は、ハマグリスープの料理名として、私がこれまで見聞してきた「グーリータン」と「ハマータン」について調べました。
「グーリータン」は中国普通話なので簡単。「蛤蜊汤」です。
◆絶対忘れない台湾語&中国語 (一輩子也忘不了的台語&中文)(≫こちら)
台湾系日本人で台湾語ネイティブの方がハマグリスープを「蛤仔湯、ハマトゥン」と記載しています。中国系の料理で「湯」(汤)は「タン」と読まれ、スープ類を指しますが、台湾語では「トゥン」になるのだろうね。
先述の台湾政府オンライン辞書では、「湯」のローマ字表記を「thng」としており、日本語カタカナ表記ではトゥンになる。
だから、ハマグリスープは、漢字で「蛤仔湯」、ローマ字表記で「ham-á thng」、読み方は「ハマトゥン」です。
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なお、日本のハマグリは立派なものになると結構大きい(お雛祭りのお吸い物で大きな個体が1つだけお椀に入っていたりする)けれどタイワンハマグリは小粒なので、見た目が結構アサリです。
日本語では1文字で、
蛤=ハマグリ
蜊=アサリ(浅蜊とも書く)
台湾では2文字で、
蛤蜊=ハマグリ
花蛤=アサリ(海瓜子とも書く)
アサリにも蛤(ハマグリ)の字が入るし、本当にややこしいですね。ちなみにアサリはアサリ属アサリなので学名がRuditapes philippinarum。ハマグリ属でもないのでハマグリとは遠い。あと日本でハマグリに似た貝として販売されているホンノビスガイ(価格が安いのでお世話になっています^^)はメルケナリア属ホンビノスガイなので学名がMercenaria mercenaria。ハマグリ属ですらありませんが、ただ◆日本語Wikipedia「ホンノビスガイ」(≫こちら)ではオオハマグリといった名称で販売されていた実績を記しています。私もあくまで「ハマグリの代用」というスタンスを意識して使っていかなければならないな。
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語学や水産学からかけ離れた分野で生きてきて、不慣れな分野だから丸5日かかりましたが、独学でここまでまとめ、頭に入れることができました。
ややこしいことから逃げるよりも、ややこしいことに向かっていって自分が納得できるようになれるほうが好きなので、・・・まあそこは相変わらずではありますが、今回の調査と結果にも満足しています。