パキスタン料理「ダウロ」のウルドゥー語綴りと他国料理との関連

2022/02/23

パキスタン北部はその美しさがしばしば桃源郷に例えられ、これまで数多くの旅人を引き付けてきました。

フンザ

パキスタン北部地域で何度か食べた麺料理に、「ダウロ」や「ダウド」に聞こえる料理がありました。

ダウロ

でもそれを売るおじさんたちはスペルが分からない(あいにく周囲にいた人たちも分からなかった)とのことで、私は口で伝承されるままにメモをしたので、私は自分のカタカナの記録しか持っていません。

今思うと、北部パキスタンはバルティ語などのチベット系言語の地域で、パキスタンの公用語であるウルドゥー語(インドのヒンディー語とほぼ同じ言葉)とは言葉も文字も違うから、字が分からなかったのではないでしょうか。

* * *

ダウロのスペルを知りたいな。

今、強くそう思った。
これまで何年も放置しておいたのはテイタラクだけど、それはそれで仕方ない。人間、やりたいことをやらないよりは今からでもやったほうがよいのは正しいことだから、私は今からダウロの綴りを検証することにしました。

現地の人が言っていた言葉
イスラマバードから来ていたパキスタン人が「これは首都ではヌードルスープ(Noodle soup)と呼ばれて人気の軽食なんだよ」と言っていた。会話は英語だったので私には「Noodle soup」(ヌードルスープ)と言ったがイスラマバードで地元民同士でどう呼んでいるかは分からない。

Google検索
Google検索で「pakistan noodle soup」や「islamabad noodle soup」と幾つかのパターンで検索しても北部地域の麺料理の情報は見えてこない。

Shared but Threatened: The Heritage of Wild Food Plant Gathering among Different Linguistic and Religious Groups in the Ishkoman and Yasin Valleys, North Pakistan|ResearchGate(≫こちら
やっと出てきた。「リサーチゲート」(ResearchGate;研究者のソーシャルネットワーク)で、「Dawdoo」の綴りが出てきた。

ダウロ

「Dawdoo」
これは「ダウロ」や「ダウド」の音に合っている。

ダウロ

しかもパキスタン北部でフィールドワークした調査結果で、私の渡航地域と大体合っている。

しかし英語アルファベットでの表記なので、これは、研究者自身が綴りを充てているにすぎないだろう。

なお、
パキスタン北部地域はギルギットバルティスタン(※)地域と呼ばれます。
主にはチベット族の居住地域。ときどきハッとするくらい青い目のアレキサンダー大王の末裔民族もいるような地域ですし、パキスタン全土からの他民族も混合しています。

※Baltistan(バルティスタン)はパキスタン北部。Balochistan(バロチスタン)はパキスタン南部。混同しないように。

Google検索
「pakistan noodle dawdoo」で検索すると、たくさんのDawdoo記事を見ることができます。そのほかの綴りとして「Daudo」も見られました。

また、せっかく地域名「バルティスタン」が分かったので、「Baltistan noodle」と検索すると、さらに「Dao Dao」や「Dao’dao」や「Dodo」などの綴りも見出されました。ダオダオやドドと読むのでしょうか。

Youtube「”DAO’DAO” – Traditional Meat Soup Gilgit Baltistan」(≫こちら

ダウロ

0:03 ダウロ

驚いた!

タイトルに「DAO’DAO」と書いていても「ダウロ」と発音するのか!!!

こういう場合、たいていの場合、音が先にあります。英語アルファベット文字でDAO’DAOと綴るのが後から入ってきたように思います。

英語Wikipedia「IPA for Hindi and Urdu」(≫こちら

ダウロ

ただしインドやパキスタンで気をつけなくてはいけないのは、
「ラリルレロの音に聞こえるDの文字がある」
ということ。

それがヒンディー語の「ड」、ウルドゥー語の「ڈ」です。普通にDと言うときと異なり、反舌音と言うのですけど、上の歯の裏側の上の方の硬い部分に舌先をつけてDを言うので日本人の耳で聞くとラリルレロの子音にも聞こえるのですね。彼らは普通のDと反舌音のDを識別できるので決してRと言っていないのですが日本人の耳にはRに近く聞こえることがしばしばです。

だから、「DAO’DAO」を「ダウロ」と発音するのなら最初の「ダ」は普通にDの子音である「د」でウの次は日本人の耳にはラリルレロに聞こえるDの子音である「ڈ」、でも英語アルファベット表記ではそれらを書き分けられないから「D」、と、ここまで強く推測できるようになりました。

<ポイント>
「DAO’DAO」を「ダウロ」と発音するときは、最初の「ダ」は普通のDの子音の「د」で、ウの次は日本人の耳にはラリルレロに聞こえるDの子音の「ڈ」と思われる。英語アルファベット表記ではそれらを識別せずに「D」。

しかし、

Youtube「”DAO’DAO” – Traditional Meat Soup Gilgit Baltistan」(≫こちら

ダウロ

ここのコメント欄には、「ダウロ」をウルドゥー語で「ڈوڈو」と表記されるのも見ました。先ほど「Dodo」と表記されていたのはこれでしょう。カタカナでは「ドードー」ないし「ローロー」。

またコメント欄には「この料理はバルティスタンではBalle(バレ)だ」「この料理はBaley(バレー)だ」と、別名称を主張する人もいました。「これはチベタンのトゥクパだ」と主張する人もいました。確かに、より一般的にチベットエリアに行くと確かにトゥクパとかテントゥクとか呼ばれますよね。

<ポイント>
「ダウロ」には「ドードー」(ڈوڈو)や「バレー」といった別名もある。

Google検索
さてさて、ダウロを郷土料理とするギルギットバルティスタン地域。次に「بلتستان کا کھانا」(バルティスタンカカナ;バルティスタン料理という意味のウルドゥー語)で検索してみました。

گلگت بلتستان کے روایتی کھانے|نیا پاکستان(≫こちら

ダウロ

「ニューパキスタン」というパキスタンの5つの都市に同時に放送するパキスタン初の民間衛星ニュースチャンネルのサイトです。
タイトルは「ギルギット・バルティスタンの伝統的な食べ物」。
もうここに至るまで2日かかっているので(苦笑)、ウルドゥー語は、音を起こすくらいには読めます (^^)v

さあさあここに、あったんです。

ダウロ

この文字です。
「بالے (بلتی) /داو-ڈو)شینا:(」

「Bale (Balti) / Dao-Doo (Sheena)」

シナ人もバルティ人も北部パキスタンの民族です。このシナが中国人を指していないことも確認しました。だから日本語にするとこうです。
「バレー(バルティ語)/ダオド(シナ語)」

おおおおやっと近づいてきた。
さきほどダウロの動画のコメントで「それはバルティではバレイと言うよ」と書いてあったことと一致します。「明石ではタコ焼きは玉子焼きと言うよ」みたいに、呼び方が一律でないことを示してくれたのです。

ダウロの綴りはこうです。
داوڈو
د --- D
ا --- ア
و --- ウー/オー/V/Wの音
ڈ --- 反舌音でラリルレロにも聞こえるD
و --- ウー/オー/V/Wの音

やっと「ダウロ」の「アウ」の二重母音がウルドゥー語文字で見えてきました。

別名のバレイの綴りはこうです。
بالے
ب --- B
ا --- ア
ل --- L
ے --- アやエイの音

なお文章を見てみると、ウルドゥー語の文法勉強をしていないので上手く訳せませんが、

ダウロ

「バルティスタンでは全土で様々な種類の麺料理やスープが作られています。」と述べた上で、その種類として以下のものを列挙しています。ここに書かれているものを書き出してみました。バレイは上のように麺料理の意味ですね。そのほかの料理名は、ウルドゥー語に母音表記がないので読み方は不明ゆえそれらしい感じで勝手に置いています。
・トラスピーバレイ(ٹراسپی بالے)
・フロールフローリーバレイ(فرول فرو لی بالے)
・ナシュバレイ(ناس بالے)
・クローバレイ(کرو بالے)
・ティチャバレイ(ٹیچا بالے)
・フルンギバレイ(فرنگی بلے)
・アシュトゥルベバレイ(اسٹرب بالے)
・モーリーバレイ(مولی بالے):モーリーはおそらく大根
・カリバレイ(کالی بالے):カリは黒
・スナミバレイ(سونامی بالی)

そして、トラスピーバレイはギルギットでは「Dado、دا-ڈو、ダーロ」と呼ばれる、とも書いてありました。

トラスピーの意味は分からないけど、ひょっとしたらのひょっとしたらだけど、スピー(سپی)に白いという意味があるので、本来色が白い麺料理がダウロなのかもしれないなと思いました。

そして、ここまでで、3つのウルドゥー語の綴りを集めることができました。
1)ڈوڈو --- ドードー、ローロー
2)داوڈو --- ダオド、ダウロ
3)داڈو --- ダード、ダーロ

私が現地で「ダウドやダウロの音」として聞いたものの綴りにはこれらのうち二重母音を示している2)داوڈوが良いです。

<ポイント>
バルティスタンの麺料理はバレイと総称され、そのうちの1つの「トラスピーバレイ」(内容不明)はギルギットでダウロやダーロと呼ばれる。私が現地で「ダウロ」と聞いたものの綴りは「داوڈو」が良い。

では、
ダウロはどこから来たのか?

私はここまで関連事項を含めていろいろと見ているうちに、ダウロは打卤面(タールーミェン、ダーローミェン等と発音する)と強く関連すると仮説を立てるようになりました。もはや確信です。

打卤面(タールーミェン、ダーローミェン)は以下のような感じ。

ダウロ

このように、片栗粉や薄力粉や麺自体によってとろみがついた麺料理です。

打卤(タールー、ダーロー)は「とろみをつける」とか「とろみをつけるために麺を煮込む」という意味です。ダウロも麺がえらくぐつぐつ煮込まれてとろみが強かったので、打卤(タールー、ダーロー)がダウロの語源として、違和感がありません。

◆チベット牧畜文化辞典(≫こちら
私が大絶賛するチベット語辞典(アムド:中国国内でチベット自治区外の地域におけるチベット語)。
あの素晴らしいチベット料理「ヤクポテトパイ」のチベット語を知りたくて、追いかけた(未完)

ダウロ

キター、ダウロに近づいた

とろみが出るように煮込んだ麺だ! アムドのチベット語ではཐུག་ལོག
ཐ --- Thの音
ུ --- ウ
ག --- g
ལ --- l(エル)
ོ --- オ
ག --- g

発音の一例は「トゥクロ」
最初の「ཐུག」(Thug)はテントゥクやトゥクパの「トゥ(ク)」で麺類の意味です。

次の「ལོག」(Log)は「ロ(ク)」つまり「打卤面」(ダーローミェン)の「卤」(ロー)に相当すると思われます。

藏餐漫谈(一)|藏学研究 – 中国西藏网(≫こちら
タイトルは「チベット料理について語る」。
中国のチベット地域のポータルニュースサイトです。

あった!
卓吐(打卤面)

ダウロ

上の中国料理の打卤面(タールーミェン、ダーローミェン)はチベット料理名を中国文字に充てて「卓吐」ですよ。カッコ書きで打卤面と書いてあるからとろみ麺は間違いありませんし、冒頭のほうで述べた通り、私がパキスタン北部地域で食べた「ダウドやダウロに聞こえる料理」と「卓吐」の音はマッチしそうです。

もともと小麦の発祥が中央アジアやメソポタミアか。
いずれにしても、そこから中国方面にわたったのならひょっとしたら「ダウドやダウロ」が先にあって「卓吐」や「打卤」の音が後から出来たのかもしれない。何が何でも中国が先という先入観はよくないのでそこも気をつけなければいけませんね。

Chicken Talumein Soup Recipe | चिकन तालुमिन सूप | Chicken Talumein Soup preparation Process(≫こちら

ダウロ

そして、パキスタンと中国のとろみ麺がどっち方向から伝播したとしても、例えばインドにも上のように「タルメン」(तालुमिन、Talumein)があるし、ブータンやネパールなどチベット人地域の飲食店メニューでもタルメンは見かけられる。フィリピンにもロミ(とろみ麺)がある。そして日本にもとろみあんかけ麺がある。とろみも「とろ」や「ろ」がつくから「打卤」(ターロー)が語源かもしれないですよね。

「いきなりそこで日本を出す?」と言われそうだけど、数字の「いち、に、さん、しー、ご」はチベット語で「ち、にー、すん、しー、が」。「つまむ料理」にはチベット語で「ツマ」と名がつくし、チベット語と日本語の共通点は多いのです。日本とチベットは文化の伝播が確実に近い位置でつながっているのです。

<ポイント>
アジアの各地に「ル」や「ロ」の字がつくとろみ麺料理がある。中国の漢字で「打卤」や「打鹵」(ダーロー)が充てられ、これはひょっとしたら日本語のとろみの「とろ」かもしれなくて、インドやブータンではチベット語に由来して「タル」で、パキスタン北部では「ダウロ」や「ダウド」。チベット料理名を中国語表記した「卓吐」とも関連していそうだ。

Top Ten Traditional Foods to Enjoy in Hunza Gilgit-Baltistan|Baltistan Today(≫こちら

ダウロ

バルティスタンのニュースポータルサイトです。
タイトルは「フンザ、ギルギットバルティスタンで味わいたい10大伝統料理」。
これまでの検証のように「ダウロがとろみ麺の料理」であるという定義を押さえると、この不可解だったページが理解できる。なぜなら上の写真は「مکھن داؤڈو」(マカーニダウロ;バターが入ったダウロ)を紹介しているのに麺が入っていなかったからです。ダウロがとろみ料理であるという定義を残し、麺がなくてもダウロとして名付けられたのだと思いました。ちなみにダウロの綴りは「داؤڈو」になっていて、「ウ」(ؤ)の音がきちんと入っていました。

* * *

今回の検証はここまでです。
バルティスタン語、ブルシャスキー語などの辞書も当たってみたのだけど、まだまだ豊富な単語量の辞書に出会えません。今後も機会があったら是非検証していきたいと思う。

あと、これも仮説の域なのですけど、上のチベット牧畜文化辞典にはチーズをチュラと記載しています。それより前には「トラスピーバレイはギルギットでは「Dado、دا-ڈو、ダーロ」と呼ばれる。」ことを書き、スピーは白いという意味かもしれないと書きました。パキスタン北部のダウロは乳製品が入っていて白いので、もしかしたら「トラ」がチーズで「スピー」が白、バレイは麺料理、それが本来のダウロなのかもしれない(※)。

※現在はそこにさらにトマトを入れた赤いダウロや様々な香辛料を入れたカレー味のダウロもある。

* * *

本記事の結論は最後にまとめます。

でも長かったー。
ここまで何日もかかりました。
だけど、自分が旅で得た体験を、無駄にするのではなく、体験が確証になるよう勉強できて本当によかった。

* * *

北パキスタンの旅は、美しい桃源郷の渓谷の旅だった。
こういう、スズキと地元民が呼ぶ車(スズキの古い規格の軽トラ)に乗って…、しかもよく荷台に乗せられて寒いしお尻も痛いし。

フンザ

旅は厳しかったですよ。もう慣れましたけど。

巨大な地滑りによって道がなくなり、氷河湖が形成されたアッタバード湖。
ここを船で越えていくんです。

アッタバード

とまあこんな風に北パキスタンの旅の写真を見ていたら、

キャー、あったー (;゜Д゜)

アッタバード

ローカルの食堂のメニュー表。
拡大すると、・・・ああ。あのときからダウロのウルドゥー語を目にしていたんだなあ・・・

フンザ

当時は「ウルドゥー語は短期間の旅では無理ね」と決めつけて解読に取り組まなかったのです。そして、今回の上記のような検証をしなければ、今だって私はこれをダウロと読めていません。だけど、これからこのメニュー表ももっとたくさん読めるように、頑張っていこうと思いました。

少なくとも旅先で私が夫と一緒に食べた料理は、その現地の料理名や、現地の表記も学んで、日本で作ってまた一緒に味わいたいものだと思います。

<仮説の結論>
パキスタン北部料理にダウロやダウドのように聞こえる麺料理がある。英語アルファベット表記にはDawdoo、Daudo、Dao Dao、Dao’dao、Dodoなどがあるが、パキスタンにはラリルレロの音に聞こえるDの文字がある(ウルドゥー語の「ڈ」)ため、Dがラリルレロの音になりうることに注意が必要である。ウルドゥー語表記では、 ڈوڈو 、 داوڈو 、 داڈو 、 ڈاوڈو 、 داؤڈو などが確認できた。北部パキスタン(バルティスタン)では「بالے」(バレイ)、という料理名でもある。トラスピーバレイ?と呼ばれるバレイの一種がダウロであるという記載が1つあり、もしかしたら「トラ」がチベット語由来のチーズの意味とすると、事実伝統的調理法のダウロはチーズを加えて作っているので矛盾しない。またダウロはアジアの他地域では、打卤(ダーロー;中国語)、ཐུག་ལོག(トゥクロ;チベット語)、ひょっとしたら日本語のとろみの「とろ」、インドやブータンではチベット語に由来して「タル」。これがパキスタン北部のダウロやダウドである。チベット料理名を中国文字に充てた「卓吐」とも関連していそうだ。この仮説を実証するためには、今後よりこれらの地域の食文化にローカル言語で精通して関連する事項を増やして検証するしかないと思い、調査結果が向上するように今後も食文化を探求するつもりである。


* * *

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