今日、また料理名について、1つ解決したことがありました。
今まで、モンゴル料理の「чанасан мах」の読み方について抱いていた軽い疑問をスルーしてきてしまいました。それを解決したいと思う機会を得て、2日がかり徹してしまいましたが、なんか、やっと腑に落ちる解決ができましたので、その過程と結論をエッセイとして書き残しておこうと思います。
下の写真はモンゴルのゆで肉料理、「чанасан мах」です。
モンゴルの首都のウランバートルのお宿のおばさんのキッチンで、おばさんに教えてもらう通りに私がゆでて作りました。調理法も豪快の至りという羊のゆで肉です。
「чанасан мах」という料理名については、単語を「чанасан」と「мах」の2つに分けて検証する必要がありました。
1)「чанасан」について。
「чанасан」を、1つ1つ分解していくと、
「ча(チャ)・на(ナ)・са(サ)・н(ン)」、つまり、一見して「チャナサン」になります。
でも、私に作り方を教えてくれたおばさんも、ウランバートルの市場で私に肉を売ってくれる日本語が中程度話せるお姉さんも、その発音は「チャンスン」でした。
しかし、帰国して、じっくり文字を検証するほど「чанасан」は「ча(チャ)・на(ナ)・са(サ)・н(ン)」に見えますから、現地聞き取り結果である「チャンスン」は、私が母音を聞き取れないミスだったのかと不安になりました。
そこで、発音を再度聞くために、Youtubeで「чанасан」が(できるだけ料理名として)使われている動画を探しました。ありました(≫こちら)
1:07!! 絶対これは「チャンスン」って言ってる!!
しかし、動画タイトルには「чанасан」の英語アルファベット綴りとして「chanasan」とまで書かれているんです。なのに音声は「チャンスン」です。もう本当に悩ましいです。なぜ「chanasan」をチャンスンと読むのかが、まだ分かりません。
その後も読書量と時間を費やしました。いろいろと解説文章を読みました。
まず分かったことは、モンゴル語文法の「母音調和」でした。
母音調和は「単語内では母音を揃える」という法則です。日本語で日本人に分かりやすく例えれば、「しません」を関西弁で「せーへん」と言うように母音を揃える現象も母音調和だと思いました。「しません」には「i・a・e」の母音が入りますが、「せーへん」には「e」しかありません。母音調和とは、口の形をもごもご変えずに単語を発する、モンゴル語の特徴なのです。
◆モンゴル語の母音を確認
モンゴル語には7つの短母音があります。
・а(ア)о(オ)у(オ)は男性母音、後舌(舌が後方に寄る)
・э(エ)ѳ(ウ)ү(ウ)は女性母音、中舌(舌がやや前方に寄る)
・и(イ) は中性母音)
(оとуの違い、ѳとүの違いは今は割愛)
大事なこと:モンゴル語では、1つの単語の中に男性母音と女性母音が共存しない。
例えば、上述の「しません」という語句は「ま」が男性母音で「せ」が女性母音なので、モンゴル語では成立しないパターンです。「せーへん」は女性母音しか含まないのでモンゴル語で成立する単語です。
「ダメでしょ!」は母音があれこれ混ざってる。
「あかんやん!」は母音調和。
関西弁ってモンゴル語と何かルーツが似てるの?ヽ(・∀・)ノ!面白いです!!
・・・ということで、母音調和の基礎を理解しました。
母音調和までは、複数のサイトでも記載されており、比較的時間はかからずにクリアすることができました。確かに「чанасан」は母音が全部男性で統一されているので、母音調和の基本の通りであることを確認しました。
しかし、「чанасан」を「チャナサン」と読まず「チャンスン」と母音を落として読む理由、すなわちここから先を検証するのに、膨大な時間を費やすことになりました。
◆モンゴル語の弱化母音
膨大な時間を費やし、費やし、やっと出てきました。
「言語情報学研究報告」No.4(2004)の、「モンゴル語」(≫こちら)
<要点>
「第二音節以降の短母音は意味の弁別に関与しない。例えば日本語なら「糸」(ito)と「板」(ita)は区別されるが、現代モンゴル語ではそのような例はない。」
つまり、「最初の母音」と「残りの子音」が意味をもつということ。
「чанасан」の場合、「ゆで終わった」という意味なのだが、この意味を示すのは、「ча・н・с・н」なのだ。
おっ!キタキタ!!ヽ(・∀・)ノ
「そしてこの第二音節以降の短母音は明瞭には発音されない。このような母音は弱化母音と呼ばれる。」
いいね!!
だから、「чанасан」の場合、明瞭に発音されるのは最初の「チャ」だけなんだ。
やった♪ これで発音が「チャンスン」になった♪
納得ができる解決ができた♪♪
なお、モンゴル人が住む地域はモンゴルだけではなく、中国内蒙古自治区、ロシアのブリヤート共和国やカルムイク共和国がある。このような「弱化母音は書かない」のはカルムイクのモンゴル語らしい。そして「弱化母音も文字に書く」のはモンゴル国内のモンゴル語(ハルハモンゴル語)らしいです。
これも大いに納得しました♪♪
モンゴルのモンゴル語では「弱化母音も文字に書く」から、「チャンスン」という音を「чанасан」と書き、英語アルファベット表記でも「chanasan」と(上述の母音調和のルールの範囲内で)、省かずに書いていたのです。
2)「мах」について。
「мах」は「肉」という意味の単語です。
「ма」は「マ」です。
モンゴル語の「 х 」はハ行の音ですが、国際音声記号(IPA)を使うと、男性母音の単語の中では[ χ ]の音(息が口の奥でのどちんこに当たって振えて抜ける?ような、摩擦が入る空気の流れ、フランス語によくあるハ行のような空気の流れ)になり、女性母音の単語の中では[ x ](口の中で息が前に抜ける?日本語のハ行のような、摩擦が入らない空気の流れ)の発音になる。
「 х 」は母音がついていないので通常感覚なら「хu」すなわち「フ」と片仮名をあてたいところですが、モンゴル語の場合は、単語の第一節(単語の出だし)が男性母音の口ではじまったら続きも男性母音の口になるという上述の母音調和の習慣から、「 х 」の息の抜け方も男性的すなわち後舌の形になり、その結果が発音記号の[ χ ]なのだと思います。
「мах」を、もし「マフ」と書いてしまうと、それは、「マ」と「フ」で男性と女性が混ざってしまうので、モンゴル語の片仮名表記としては好ましくないかもしれない。
よって、私は、母音調和の原則を鑑み、「мах」を「マハ」と表記することにします。モンゴル食文化の日本語論文内でも肉は「マハ」のカタカナ表記になっているし、何より、モンゴル人の発音が「マハ」に聞こえますから、これは問題ないでしょう。
* * *
今日、また料理名について、1つ解決しました。
今まで、モンゴル料理の「чанасан мах」の読み方について、軽い疑問を抱いていたのにスルーしてきてしまっていました。
でも、「ちゃんとやれば、ちゃんと分かる」。
もちろん、各国言語については1から学ぶ低水準の者ですが、それでも、「ちゃんとやる」という姿勢は継続したいと思いました。
今回、2日がかり徹してしまいましたが、「чанасан мах」が「チャンスンマハ」と呼ばれる理由についてやっと腑に落ちる解決ができましたので、その過程と結論をエッセイとして書き残しました。
レシピも掲載しています♪(≫こちら)