東チベットを周遊して旅していたとき、夏河(シャーハー、チベット語でサンチュ)という街に滞在して素晴らしい体験をすることができました。チベット料理と言えばまずはツァンパです。ツァンパはハダカムギを製粉して作る麦焦がしのことで、昔チベットを西方奥地まで旅した夫によると食事は常にツァンパとうっすいミルクティーだけだったとか。ハダカムギは西日本では古くからはったい粉として出回っていて、チベット人にとってのツァンパは食事の中における量と頻度が高く、それは日本人にとっての米以上の存在です。
夏河(シャーハー)の街ではそれまで体験したことがなかったツァンパ料理をたくさん食べることができました。その中の1つが、「しいたけのツァンパ乗せ焼き」。
英語が話せる地元チベット人(貴重!有難い!)がこの料理名をチベット語で書いてくれました。以下の画像です。
このチベット文字、読めるようになりたいなあ・・・
発音は明確に覚えています。確かに「ザオーコンズィー」と言っていました。名前の由来や意味も聞きました。でも旅行中は旅することで精一杯忙しくて、チベット文字の解析は旅の途中ではできないので、なのに帰国後もやる時間がなく今に至ってしまった。
私はチベット文字など初心者もいいところですが、それでも自分で自問自答したんですよ。「私は目の前に分からないことがあるとき、逃げたいのか、取り組む人になりたいのか」と。答えは逃げない人になるほうを選びました。だから出来ることをやってみました。以前チベット語とゾンカ語の文字と発音と発音変化ルールについてノートに書いているので、今回はその復習から始まるのでスタートのスピードは出せました。
* * *
料理名は「ザオーコンズィー」。書いてもらった綴りは、
བの後ろにある文字とか判別できないし、・・・
これ、このままでは不明な点以外をつなげてもなんか読めないです。
英語が話せる現地の人は「ザオーコンズィーの名前の由来」を「The lunch of yak boy」と言っていた。カウボーイならぬヤクボーイは、牛飼いならぬヤク飼い。そのヤクボーイの昼食という意味だそうだ。なので、ヤクボーイや昼食など心当たりのある日本語をチベット語にして、ネットで検索をかけ続けていった。さらにチベット語のWikipediaを英語で読んだり、チベット語を解説するサイトも注意して読み、不明な字を探す努力を続けた。
===その調査で丸2日経過===
ふと、「そういえば、チベット人ってチベット語書けないよなあ・・・」と、現地でつくづく思った苦労を思い出した。
私は旅の間はチベット料理を食べたら逐一チベット語での料理名を記録するのだけど、メニュー表はあちこち間違えているし(漢民族の印刷会社が受注したんじゃないだろうかと思うレベル)、スペルミスどころじゃなくて対応すら間違えるし(肉まんの絵にうどんと書きうどんの絵にライスと書くような)、私にバター茶をおごってくれた僧侶は教典にない語句は書けないようだったし、お店のおばちゃんはてんで文字が書けないし、そもそもチベット語は地方での表記割れも多いし、漢字を使うほうが生活していけるようで漢字ばっかり使ってる人も。これらはチベットあるあるなんですが。
今回、宿のお兄さんに書いてもらった文字が間違えている可能性もある。また、夏河(シャーハー)はラサあたりの標準チベット語ではなく、位置的にアムド方言の要素が強いはずだから、チベット語情報が標準語ベースで出てくるがゆえに答えが見つからなかったのかもしれない。
ちなみに、◆英語Wikipedia「Amdo Tibetan」(≫こちら)によるとチベット語のアムド方言はチベット標準語話者とは基本的な意思疎通もできないほど言語が違うとのこと(In terms of mutual intelligibility, Amdo speakers cannot communicate even at a basic level with the Ü-Tsang branch (including Lhasa Tibetan))。
以前以下のリンク先ではPDFファイルを活用したことを書きましたが、WEB辞典となり発音も聞けるようになりました。今回の「しいたけのツァンパ乗せ焼き」はアムド地域の夏河(シャーハー)で食べているので、このサイトではアムド方言が確認できることが非常に有難いです。
あの素晴らしいチベット料理「ヤクポテトパイ」のチベット語を知りたくて、追いかけた(未完)
さて、夏河(シャーハー)のチベット人の手書き文字がこれです。料理名は「ザオーコンズィー」。意味は「ヤクボーイの昼食」。チベット人の手書きの綴りは、
まずヤクボーイを探してみた。
あった!!
རྫི་བོ།
上の画像から、ノルがヤク、ノルザがヤク追いなので、ザは牧童の意味であることが分かる。
オーは男性を示すようだ。
なおオーにはb/wの子音が含まれるが、以下のスープのチベット語のように、b/wの子音は発音されない。
རྫི་བོ།
この読み方はザオーだ。これで合ってる。
以上よりザオーは直訳して「牧童の男性」だがチベットで牧童と言えば伝統的にヤク飼いを指すから、これを教えてくれた人はザオーを「ヤクボーイ」と言ったのだ。チベット人のその認識はそのまま受け止めていい。
次にコンズィーのあたりを突き止めたいので、「昼食」に相当する単語を探してみる。
これ!!
གུང
「コン」という、昼を意味する単語によくつく文字を発見!
ちなみに昼食という用語は文字が全然違うのでこれは使わない。
次はズィーを探そう。文字解析に不明な箇所がないから書いてもらった通りの文字で探す。
ཟས།
あった!!
「食べ物」のみを意味する単語で発音を聞くと「スィー」だが、「དཀར་ཟས།」の音声はカルズィーで「དམར་ཟས།」の音声がマルズィーなので、何かと連結することでズィーになる。
* * *
できた!!\(^o^)/
ザオーコンズィーの文字が解明できたと思います!!
རྫི་བོ་ གུང་ ཟས།
読み方は、「ザオー・コン・ズィー」
意味は、「ヤク飼い・昼・食」
チベット人が英語で教えてくれた「The lunch of yak boy」と完全に一致します!!
検証の結果は、
རྫི་བོ་གུང་ཟས།
今も手書きのほうには不明な文字があるけれど、どちらも正解かもしれないしどちらかあるいは両方間違いを含むかもしれない。でも、今出来ることとしてのゴールにたどり着くことができました。
ザオーコンズィーは、日本で作ってみたら、期待の何倍も美味しかった。しいたけにツァンパって日本の料理にはない発想だしチベットと同じ材料ではないから期待値が低かった。だけどチベタンはツァンパで生きている。ツァンパを運び、ツァンパを握り、ツァンパを煮て、ツァンパを茶に入れ、ツァンパを奉納して、ツァンパを焼いて天に祈る人々。そんな、その土地に根差した料理ということもあり、実際に作って食べてみて格別に美味しいと思ったのです。
上の写真がチベット料理「ザオーコンズィー」、現地撮影の写真です。
私は日本に帰国後、自宅の森林で大切に育てている採れたて天然しいたけで作りました。よってしいたけの味が大絶品で、チベットで食べたものよりも美味しくなってしまいました (^^♪