旅の間、私は、毎日A7サイズの紙に行動記録をつけています。何時何分にどこを発ち、何時何分にどこに着き、何を食べ、その料理の現地の名称、泊まった宿情報、両替レート、それから、何より大事なことは、その旅から何を感じ何を見聞したかの情報です。
記録する紙は、A4上質紙を3回折って切った紙(A7)です。でもアフリカなど途上国を旅してるときは、上質紙が手に入らず、宿や観光局や旅行会社などでもらった紙の裏面を使うこともしばしば。それでも、旅の記録はこだわって残すのが、私の旅スタイルです。
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東アフリカのルワンダで、「イビシンボニビライ」という料理を食べました。この国は小さな食堂でも作り置きの惣菜を並べてビュッフェ形式で提供する、周辺国とは違う食文化を持っています。
メニューはなく、地元の人に料理名を聞きました。口では「イビシンボニビライ」と言っていました。
紙に書いてもらいました。
「IBISHYIMBO NIIBIRAYI」と書いてくれました。
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旅の途中は、語学の教科書や辞書などを持っていませんから、地元の人が書いてくれる綴りは貴重な情報となります。でも、日本で自宅にいるときなら、その綴りを検証できますよね。そこで、久しぶりにスワヒリ味に浸ろうと思い、イビシンボニビライを、現地で習ったレシピで作りました♪
このときの私のメモには『スワヒリ味!』って書いてあります。じゃがいもと豆の力強い味のみならず、パームオイルの独特のくささが良い調味料となっています。なおスワヒリ文化とはアラブ文化とアフリカ文化の融合を指します。アラブがアフリカを海洋交易路としていたため、アフリカ東海岸部及びその内陸では文化の融合が定着したのです。それらの地域はスワヒリ語(アラブ語とアフリカ言語の融合言語)がよく通じますし、公用語になっている国も多いのです。このイビシンボニビライを食べたのも、アフリカ東海岸からは内陸になりますが、スワヒリ語を公用語とするルワンダでのことでした。
では、イビシンボニビライは、どういう料理名なのでしょうか?
当時の手書きメモを見ると、イビシンボが豆で、ニビライがじゃがいもだと書いてあります。これは綴りを書いてくれた人が教えてくれたことのメモです。
・・・でも、その綴り「IBISHYIMBO NIIBIRAYI」をネット検索しても、私がサイトに掲載した料理情報と、おそらくはそれをコピペのように使った(要はご自身で検証をしていない)サイトしか出てこないんですね。しかしそれでは料理名が本当に正しいかどうかの検証はできません。
そこで、Google翻訳で「IBISHYIMBO NIIBIRAYI」を機械翻訳してみましたが、この言葉が何語なのかが分かりませんが、またこの時点でGoogle翻訳にはルワンダ語がなく、スワヒリ語と仮定して英語に変換してみましたが、見当違いの訳しか出て来なかったため、この言葉はスワヒリ語ではないと判断しました。
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じゃあ、やはりローカル語すなわちルワンダ語であろう。私の自宅にはルワンダ語の本はありませんし、地元の図書館にも到底あるとは思えないから、ネットでルワンダ語の辞書サイトを探し、見つけました。「Kinyarwanda.net」(≫こちら)です。
出ました。
「IBISHYIMBO」→「bean」、豆です。「イギシンボ」(igishyimbo)とも言うそうです。そういえばイギシンボっぽい発音をしている人もいたような。
次に、「NIIBIRAYI」を検索窓に入力しましたが、その単語は見つかりませんでした。
語尾が似ている単語として、「ikirayi」(イキライ)または「ibirayi」(イビライ)が挙がり、訳としてじゃがいもが出ました。「from Uburayi」は、Uburayiがヨーロッパという意味なので、ヨーロッパ由来と書いてあります。
そうか、じゃがいもは「ニビライ」ではないのか・・・。せっかく地元の識字者が書いてくれた綴りは間違えていたのかな・・・。そこで次は、「イビライ」と「イキライ」の違いの前に、なぜじゃがいもは「ニビライ」じゃないのかを突き止めなければと思います。
Google検索で「N’ibirayi」を検索窓に入れました。その結果が表示され、「ibirayi」表記と「n’ibirayi」表記が両方あり、両者が混在していることに気づきました。これ、名詞が「ibirayi」で、「n’ibirayi」は前置詞と合体した縮約形である気がします。
先ほどからルワンダ語の意味を見ている「Kinyarwanda.net」(≫こちら)の、「綴り」(Spelling)というページがあります(≫こちら)。ここに、以下のことが書いてあります。
単語間作用(Word interactions)
ルワンダ語の発音ルールでは、通常、単語間を流して読むため、単語と単語の間の母音は発音しない。これは前置詞「na」や「nka」でもしばしば起こる。(The pronunciation rules of Kinyarwanda mean that usually vowels between words are not pronounced to allow words to flow into each other. Sometimes this is reflected in the spelling such as with the prepositions na and nka, e.g.)
例)na umugabo → n’umugabo
!!やっと分かった!!
上の例そのものです。na umugaboがn’umugaboに変化し、「ナウ」と母音を続けるのでなく「ア」を落として「ナウ」は「ヌ」に変化しました。
「na」は英語のwithと同じ意味です。よって、「じゃがいもと共に」(with potatoes)は、ルワンダ語では、「na ibirayi」(ナイビライ)が変化して「n’ibirayi」(ニビライ)に縮約するのです。
次に、先ほどやり残した「イビライ」と「イキライ」の違いを検証します。
先ほどからルワンダ語の意味を見ている「Kinyarwanda.net」(≫こちら)の、「名詞」(Noun)というページがあります(≫こちら)。ここに、接頭語としての「iki-」と「ibi-」は対応しており、「iki-」が単数形で「ibi-」が複数形になることが書いてありました。
それは「京都大学・大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科」(≫こちら)のサイトの中のページ(≫こちら)でも確認できました。
みつけた。やっぱり日本人の記録は使えるね。英語の項を見ると、単数形と複数形が書かれています。それに対応して、ルワンダ語など多言語が併記されています。
potatoに対応するルワンダ語はikirayi。
potatoesに対応するルワンダ語はibirayi。
上の、「iki-」が単数形で「ibi-」が複数形になることに矛盾しません。
そして、イビシンボニビライは、じゃがいもをジェネラルに複数形で扱い、「豆 with じゃがいも」の意味で、「ibishyimbo na ibirayi」、それが「na ibirayi」が縮約して「n’ibirayi」となるため「ibishyimbo n’ibirayi」となる。
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このメモを書いてくれた人は、識字率がさほど高くないだろうルワンダで、文字が書ける人でした。イビシンボニビライと料理名を教えてくれ、以下のメモを書いてくれました。
そう。結論が出ました。この人はきっと、「ibishyimbo n’ibirayi」と書いてくれたのではないでしょうか。スペルミスの可能性も否定できないものの、好意を受け止め、感謝の気持ちを込め、ここでは前者のように思うことにしておこうと思います。
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1990年代初頭のルワンダは、虐殺の渦でした。
ツチ族は、人口比率の少ない長身の牧畜民。フツ族は、人口比率が高い短身の農耕民、ルワンダは、独立するまでは、ツチ族支配(およびベルギー間接統治)の王国でした。
1959年の王の死去後、選挙で多数派のフツ族が政権をとり、ルワンダは独立国となりました。ツチ族は近隣国へ亡命しました。南の隣国ブルンジはツチ族政権の国であり、ルワンダツチ族の越境攻撃を支援しました。
北の隣国ウガンダからルワンダツチ族による反政府組織(ルワンダ愛国戦線RPF)が侵攻し内戦勃発。いったんは和平合意を迎えたものの、フツ族大統領の疑わしい死を発端に対立が再発しました。政府軍とフツ族過激派が、ツチ族並びにフツ族穏健派の大量虐殺を始めたのです。ツチの絶滅を目的としたフツの計画。それだけじゃない。フツがフツを殺すという、恐ろしい大虐殺。その数は、100日間に80万人から100万人とも・・・。
“Nearly a quarter century after Rwanda’s 1994 genocide began”
・・・足を失い杖で歩く人を、何人見たことか。
ちなみに、「ルワンダ」は「千の丘の国」という意味をもつそうです。国中丘だらけで、首都キガリの中心部も丘の上にあります。普通、行政都市の中心部は低いところに作るものと思ってしまうのに、機能中心が丘の上にあるなんて、ルワンダは不思議な国だなーとも思ったっけ。
今回、ルワンダ料理を作って、その料理名の単語の意味を調べることをきっかけに、日本に住んでいると思い出すことすらなくなるルワンダについて、旅の記録を見直し、ルワンダ語を検証し、随分と心がルワンダに近づけた気がしました。
いい国だと思います。まだまだ不便な国でもあると思います。バントゥーのアフリカらしさを残す典型的な国でもあるように思うし、そこにフランス領経験が加わり、スワヒリ圏としてはユニークな国を形成しているようとも思います。今回の調査検証の成果は、料理名が矛盾なく辻褄が合ったことは第二の成果にすぎず、最大の成果は、私がルワンダの旅心を再び抱き、ルワンダに愛着を持ち、ルワンダを今後も知ったり勉強したりするきっかけを得たことだと思います。
いやあ、勉強するって、いいことだ。時間はかかったけれど、今、とっても大満足です。またこの経験を思い出して、どこかの国から心がかけ離れてしまったことに気づいたときには、その国の料理を作って、思い出して、勉強しなおそう。ルワンダを長く忘れてふと思い出したときは、ルワンダの豆じゃがイビシンボニビライを、また作ろうと思う。スワヒリ味で美味しいからね♪