私は生ハムが大好きです。
これはスペインに行ったときにバル(飲食店)で撮影した写真です。天井にぶらさがる、ずらりと並ぶ生ハムが素晴らしい!! 生ハムがあるこの光景に、とても強い憧れを抱きました。
だから日本で暮らす今、イノシシの足が手に入ったら生ハムを手作りすることがあります。海外と日本で生ハムの作り方を学んだ上で作成しています。気温が高いと作るのが困難なので、秋~冬の楽しみですね。
自家製の生ハムは個人が自宅で作って個人消費するだけで、人に差し上げたりすることはありません。今回の記事は、これまでに学んだこととして、もし業者が一般消費者への販売向けに生ハムを製造するなら、どういう製造基準が課されているのかをまとめます。
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厚生労働省の「事業者向け情報」の中に「食品別の規格基準について」のページ(≫こちら)があり、食肉製品の規格基準が掲載されています。
このページから様々な食品の規格基準を見ることができます。
食肉製品は、
このようなPDFで、8ページあります。
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大分類は3つです。
1 成分規格
2 製造基準
3 保存基準
つまり肉類について業者が守るべき「含まれるもの/含まれてはいけないもののきまり」「製造法のきまり」「保存法のきまり」があるということです。それぞれで、生ハムに該当する部分を確認しましょう。
1 成分規格
ロースハムやウィンナーソーセージは加熱食肉製品ですが、生ハムは非加熱食肉製品なので、生ハムの情報は非加熱食肉製品の欄を見ます。
(2) 個別規格
2.非加熱食肉製品(定義:食肉を塩漬けした後、くん煙し、又は乾燥させ、かつ、その中心部の温度を63℃で30分間加熱する方法又はこれと同等以上の効力を有する方法による加熱殺菌を行っていない食肉製品であって、非加熱食肉製品として販売するもの。乾燥食肉製品を除く)。
→大腸菌、黄色ブドウ球菌、リステリア菌に個数上限があり、サルモネラ属は陰性が条件です。
手作りの生ハムだと、空気中の落下細菌などが制御できないし、菌数を測定できないから、安心は確約できないですね。まあ、干物でも干し柿でもそうだし、人類の伝統としては菌数を測定せずに肉を保存してきたので、自宅での生ハム作成は伝統を重視した形になってしまいますね。なお、リステリア菌は相当量摂取しないと害が出ないので知名度が低いのですが塩漬け食品中でも増殖できることから生ハムを作る人は知っておくべき食中毒菌です。
2 製造基準
(2)個別基準の項に、非加熱食肉製品で、肉塊のみを原料食肉とする場合、①保存温度の規定(4℃以下、pH6.0以下)、②解凍の規定、③整形の規定、④亜硝酸ナトリウムを使用するときの規定があります。
家庭の冷蔵庫が6℃くらいになることもあるだろうし、肉のpHも普通は測定できないので、家庭では保存規定が守れないと心して、肉を手に入れたらすぐに作り始めることが大事です。そうすれば肉を保存する過程がないので肉の保存規定とは無関係となり問題ありません。
お店やネット通販で豚の一本足を購入して自宅で生ハムを作る場合、①の温度規定でさえすべての流通過程で守られているとは確約されません。
⑤亜硝酸ナトリウムを使わない場合の製造基準については、亜硝酸ナトリウムは市販のハム類にはほぼ全例で使用されている発色剤(食品添加物)です。明確な毒性だってあることだし(毒性が発現するかしないかは食べる量にもよりますが)、使わないほうが自然な感じがして好きです。
ということで、この⑤亜硝酸ナトリウムを使わない場合の製造基準が、自宅での生ハム作りに該当します。生ハムは、まず肉を塩漬けして、塩抜きして、好みで煙でいぶして、乾燥させます。
塩漬けは、「乾塩法により、肉塊のままで、食肉の温度を5℃以下に保持しながら、食肉の重量に対して6%以上の食塩、塩化カリウム又はこれらの組合せを表面の脂肪を除く部分に十分塗布して、40日間以上行わなければならない。塩漬けした食肉の表面を洗浄する場合には、冷水(食品製造用水に限る)を用いて、換水しながら行わなければならない。」と規定されています。
まず、家庭用冷蔵庫を使うと、5℃以下の規定を必ずしもは守れなくなりますね。うちの冷蔵庫にはチルド室(約1℃)がありますがイノシシの足がまるごとは入りません。家庭ではせめて冷蔵庫の設定を「強」にして冷蔵庫の温度が5℃以下に近づくよう、そして開け閉めの回数を減らすよう頑張ります。
塩分量は私はまず乾塩法で重量の5%の塩をまぶします。これは骨ごとの足に対しての量なので、肉に対してなら6.5%くらいあると思います。合格。続いて、食塩濃度8%プラス砂糖や香辛料が入ったソミュール液に1週間漬けます。業者が一般消費者販売のためにより安全性を高めるためには乾塩法のみで40日以上漬けるんですね。ただ海外の家庭でこのタイプの肉保存食を作るレシピで、40日の塩蔵は見たことがないかも。
塩の洗い流しに書かれている「食品製造用水に限る」の点も、水道水でOKです。
くん煙と乾燥は、「肉塊のままで、製品の温度を20℃以下に保持しながら、53日間以上行い、水分活性が0.95未満になるまで行わなければならない。」と規定されています。
塩漬けが完了したあと、私は煙で6時間いぶしていますが、この6時間は煙を作るために熾火(おきび)の炭を使っているので、気をつけないと20℃以上になりうるので、なるべく大きな燻製庫を作るようにしています(段ボール箱で作れます)。気温が低い季節なら煙でいぶす際も20℃を超えないよう制御できます。53日以上という点は大丈夫。私は3か月かけて乾燥させます。ただし気温が20℃を越えるときは冷蔵庫に入れたほうがよいのです。
水分活性は薬学部の教科書には必ず載っているので定義は知っていますが・・・、ただしそれは普通の水分%のような単純なものではないし、家庭では測定できません。文献値では普通の生ハムで0.95弱くらいでしたが、自作の生ハムでは水分活性は不明とするしかないです。
3 保存基準
「非加熱食肉製品は、10℃以下(肉塊のみを原料食肉とする場合であって、水分活性が0.95以上のものにあっては、4℃以下)で保存しなければならない。」と規定されています。
要は、「出来上がった生ハムは、気温が10℃を越えるなら冷蔵庫に入れてね。もし乾燥が甘い生ハムだと思ったら冷蔵庫のチルド室に入れて保存してね」ということです。
でも外国では伝統的に生ハムを店内に吊るしたり専用台に乗せたりしています。飲食店内なので室温は20℃以上あります。
こういう感じ。これが普通にあちこちで見られます。
・・・この光景を目にしたとき、私は心の底から憧れました。「いいなあ、うちでもいつかやりたいなあ」と。だから、そのときの感動を自宅にも取り入れたくて、私も出来上がった生ハムは自室に吊るしています。
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自宅で生ハムを作るのは楽しいです。
さらに、
自宅で作る生ハムは心底美味しいです。
本記事では事業者向け情報としての食肉の基準を掲載しました。個人の台所の規制ではありませんが、事業者には厳しい条件とその都度の細かな測定義務が課され、日本の安全制度が確認できました。
でもね、厚生労働省のすべてが正しいわけではないんです。ただ、日本は安全に向かって物事が決められていく、その制度は正しいです。例えば歯周病予防に私がイチオシするクロルヘキシジン含有歯磨き粉(コンクールFみたいな)は海外のほうが含有濃度が高くて日本のは低くしなければならない。これはクロルヘキシジンの有害作用の報告があったから日本は薄く使うよう規制しているためです。あとは死亡事例が出たためにユッケ(牛の生肉)販売が禁止されましたりもしましたね。韓国ではユッケは愛される食文化であり今も健在であるにも関わらず、です。
生ハム作りもそれと同じです。生ハムが伝統的な食文化である国の作り方よりも、日本は、製造業者向けにはそれよりもきつい条件を課している面があるであろう。今回の記事を書き終えて、改めてそれを実感しました。
ちなみに私が世界の料理を作るときは往々にして現地の伝統レシピと日本の規制や習慣との板挟みです。だからこそ、食品衛生について勉強をしなければなりません。もともと薬学部では食品衛生学の授業も担当してきたので好きな分野ではあります。ただ、自分がそうしてよかれと判断した作り方で家族に被害を与えるのではいけませんから、生ハムについては、私だけでなく家族も、科学的に勉強し、知識をつけた上で制作しています。
おかげで、「煙でいぶすときは温度を確認しよう」とか、気をつけることが増えて、より安全に生ハムを作れています。
皆様も、何事も、安易な方向(手軽とか時短とからくちんとか)だけを真似するのではなく、「学んで知識をつけて取り組む」ことも真似してくださいね。
世界は肉食。生ハム作りは、美味しくて楽しくて、そして素晴らしい人類の叡智であり失いたくない地球の食文化です。こういう文化を自宅に取り入れられて、私はとても嬉しい。