チャカラカについてネットを見ていると、しょっちゅう「ソウェトチリ」って出るんだよね。
「Chakalaka (Soweto chilli) recipe」のように。
うーん、これはなんだろう。。。チャカラカとは、南ア以外にも、ボツワナでもスワジランドでもレソトでも食べた料理です。ちなみにアフリカ南部のあちこちで缶詰の既製品のチャカラカも売られているほど人気料理です。
数か国にまたがる広範囲の料理なのに、ソウェトとは・・・。南アのひとつの地域の名前を冠するのはなぜだろう。。。
「ソウェト」は南ア最大の黒人居住区、「チリ」は唐辛子という意味なのですから、たまたま出会った記載とはいえ、これは見逃せません。
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19世紀後半の南アフリカは、ゴールドラッシュに沸きました。ヨハネスブルグで金が発見されてから10年以内に10万人が富を求めてこの地域に集まりました。ヨハネスブルグは南アフリカのゴールドラッシュシティとなったのです。その後、1930年台に白人政府が黒人を「分離」し始め、黒人居住区として作られた街がソウェトです。「分離」は、地元の言葉(アフリカーンス語)で「アパルトヘイト」と言います。アパルトヘイトの施行と国際的非難と悲しい歴史は、日本人の多くの人がニュースなどを経て知っているところでしょう。
◆Wikipedia英語版「Chakalaka」(≫こちら)
チャカラカはタウンシップ(黒人居住区)で生まれた料理とのことですが、「the townships of Johannesburg」は、ソウェトを示している可能性が高いんじゃないかな。また、ポルトガル料理の影響を受けたモザンビークからの移民である炭鉱労働者は、トマト缶や豆の缶詰と唐辛子でポルトガル風味の料理を作り、パップ(トウモロコシ粉を練った主食)を食べたとのことです。そうだね、モザンビークはピリピリ(唐辛子)を使う料理が多いのです。
◆Soweto Chili(≫こちら)
アフリカ南部に唐辛子をもたらしたのは17世紀ポルトガル人商人です。それから随分時間が経ったタウンシップ時代も、ソウェトの小規模農園は、近くにインド人居住区があったこともあり、唐辛子を熱心に生産しました。
その唐辛子は、少ないおかずでも主食を食べるのに役立つのでしょう。ネパールのシェルパ(ヒマラヤの登山ガイドで有名な高地民族)も、唐辛子と塩をかじってごはんをかっこむと聞いたことがある。ヨハネスブルグの鉱山で働く黒人労働者も、準備が簡単で唐辛子が利いているチャカラカを、常食していたのだろう。缶詰の食材を唐辛子で煮詰めてチャカラカにしたのです。
◆CHAKALAKA(≫こちら)
チャカラカの語源は分かっていません。「早く出来て美味しい」という意味の地元語の音が転じたという説もあれば、ファナガロ語(鉱夫の言葉)に由来するという説もあるそうです。
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チャカラカは、サイドディッシュであり、付け合わせであり、タレであり、サラダである。
パップ(トウモロコシ粉を練った主食)の友。
ブラーイ(バーベキュー)の友。
野菜の切り方もそれぞれ。
だけど、どれも、赤い。
赤くてスパイシー。
スパイシー料理は働く人の元気のもとだったんだろうな。
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今、ソウェトの唐辛子は世界へ。
「Soweto chillies go international」(≫こちら)
ゴールドラッシュシティの歴史の料理。そういった歴史を学びながらチャカラカを食べてもいいと思う。歴史を学ぶ子供の進捗に合わせて親がこれを作って一緒に食べてもいいと思う。掘り下げれば必ず15世紀の大航海時代にも触れるはずだ。たったひとつのカレー料理が、海を席巻したポルトガルや南アを開拓したオランダの歴史につながる。勉強の入り口はどこだっていい。だけど、入り口はあったほうがよいのだから。
レシピは、≫こちらです。