南の島、キリバス。
キリバスは日本からはとても遠い、太平洋の島国です。
マーシャルから飛行機に乗って2時間が経つと、飛行機はキリバスのタラワ空港上空にいました。
上空から見るあまりに美しい環礁・・・。
「美しい」と見とれるその後に、慮る気持ちを抱いてしまう。国の産業は? 農業もできない? いやそれより、生活の水は? 川もないのに、今日みたいに晴れた日も多いでしょうに、人が生きるための水はどうするの? ・・・細長く痩せた国土を見ればみるほど、キリバスの暮らしはどのようなものなのかと、思考が止まります。
空港は、ちょっとしたプレハブのような、小さくて質素な建物でした。
空港の外に一歩出るだけで、もう、南国気分がたまらないほど素朴でローカルな空気に満ち溢れます。
宿泊するのは、ベソ地域です。
キリバス語ではTの音がサシスセソの音になるので、写真のように「BETIO」と書いてもベソと読みます。「KIRIBATI」と書いてキリバスと読むのと同じです。
これでも首都よ。裸足で歩く人がたくさん!
民家ではあちこちで豚を飼っています。
豚(あるいは豚肉)は「ペーキ」(Beeki)あるいは「テペーキ」(Te Beeki)と言います。
家の人も裸足。
家には壁がないから、屋内と屋外を同じ足で出入りするのです。壁がない家にテレビやパソコンがあることにも驚きます。ちなみに上の写真の上部にあるのは、パンノキの茂る葉っぱです。
パンノキの大木は首都タラワでもよく見かけることができます。
飛行機で上空から見下ろしたときは、作物が育つのも大変そうな土地だと思いましたが、南国の植生は確かにあって、パンノキの大木がいろんなところに見られます。
パンノキの実は、英語でブレッドフルーツ(breadfruit)と言います。焼いたりゆでたりすると中がほくほくした主食になるので、「パン」(bread)の名前が植物につけられています。
さてこの記事では、キリバスで見たパンノキの実に焦点を当てて、そこで見た驚きの「栗」(くり)について記そうと思います。なおパンノキの実は、現地呼称を除いては、以下「ブレッドフルーツ」と統一して記すことにします。
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この国ではブレッドフルーツのことを「メイ」(Mai)、あるいは定冠詞つきで「テメイ」(Te Mai)と言います。
タラワのローカル市場でお刺身弁当を買ったとき、ゆでたブレッドフルーツを切り分けてくれるおばさんがいました。
ブレッドフルーツをよく見るのはポリネシア各国、例えばトンガやサモアや仏領ポリネシアなどですが、それらの国ではたいがいたき火の中で焼かれて、皮をはいで食べられていました。でもキリバスで見たのはゆでたブレッドフルーツでした。ブレッドフルーツを焼くには燃料として多くの木が必要になるでしょうから、キリバスのように樹木が少ない国では鍋でゆでる習慣がついたのではないかと思われます(これならガスコンロでも調理できるし)。話を聞くと、ブレッドフルーツをゆでるには1時間かかるとのことです。
是非写真をよーーーく見てみてください。丸い球体の断面はサツマイモのような白い(ごくごく淡い黄色)断面一色ですね。味わいもサツマイモに似ており、より正確に言えば、サツマイモがもっとエアリー(空気を含んだ感じ)に軽くなった食感です。
・・・ずっとこういうものだと思ってた。
ずっと、ブレッドフルーツは「丸い実を割ったら中が白ないし黄色い植物」だと思っていた。
なのに、キリバスでやがて新種のブレッドフルーツに出会うことで、今までの体験が覆されることになります。それは私なんかよりも遥かに旅の経験が豊富な夫も同意見で、「こんなのを見るのは初めてだ」と言わしめる、「中に栗が入ったブレッドフルーツ」がキリバスにあったのです。
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夕食を食べようと宿を出て、食堂がある方向へ歩いていると、民家の庭で大鍋で調理をする風景に出会いました。
話を伺うと、ブレッドフルーツをまとめゆでしていたそうで、私たちにもお土産に1つプレゼントしてくれました。
早速ゆでたてを食べたいので、食堂に頼んで主食として切って出してもらうようにお願いしました。
そして驚いた。
ブレッドフルーツに大きな種が入っている!!
え・・・!?
何これ・・・!?
いや、実の中に種があるのは当たり前なのかもしれないけど、ブレッドフルーツに関しては今までこんなものを見たことがなかったので、「種がある??ブレッドフルーツ?? 何これー!?」と、目を丸くして凝視して見ていたら、お隣のテーブルで食事を終えたキリバス人おじさんが、ニヤニヤしながら登場。
「これは食べられるんだよ、栗みたいで美味しいよ」と。
英語ができるおじさんはその栗っぽいものを英語で「チェスナッツ」と訳して語ってくれた。チェスナッツは栗亜科植物の、割と栗に似たものだから、その日本語訳として、ここでは栗と書いています。
おじさんに食べ方を教わって食べてみました。
いやー、ゆでていることもあって、ほんと、栗の味。
こってり脂肪分リッチで、美味だわ、これ。
ブレッドフルーツ自体も美味しくて大好物なのに、更に中から美味しい栗が出てくるのだから、このテのブレッドフルーツはお得です!! ちなみにおじさんがニヤニヤしていたのはこの名称。私の当時のメモには、「ブレッドフルーツはメイmai、ブレッドフルーツの種はまさに栗の形栗の味でコラー(アクセントはラ、Kora)と言う。キリバス語でコラーKoraは2つの意味があって、1つはブレッドフルーツの種、2つめは男性の睾丸。」と書いてあります。だから、あまり連呼すると、ちょっと卑猥なわけ。しかも私は目を丸くしてじろじろと凝視するように見ていたので・・・(苦笑)。
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しかしながら、長い間太平洋諸国の旅に関わってきたのに、なぜ今回を除いて「大きな種をもつブレッドフルーツ」に出会わなかったのか、この点については、キリバスを離れたあとも随分と気になっていました。そして帰国後のある日、1つの論文を見つけました。
◆パンノキ(太平洋諸島動植物シリーズ(2))(≫こちら)
重要な記載がありました。
「パンノキには無核の ”タネナシパンノキ” (. incisa var. apyrena:Braedfruit Tree)と ”タネパンノキ” (A. incisa var. seminifera:Bread-nut Tree)の2系統がある。」
「タネパンノキは主にマレーシアからメラネシアにかけて分布する。タネナシパンノキはポリネシアに普通にみられる。」
まとめます。
(A)種がないほうの種類
・ブレッドフルーツの木
・ポリネシア
(B)種があるほうの種類
・ブレッドナッツの木
・マレーシアからメラネシア
ここで確証を得た思いがあります。マレーシアからメラネシアではそもそもブレッドフルーツを見る機会が極端に少ないのです。理由の1つはメラネシアの高度のイモ食にあります。あと、ブレッドフルーツは収穫時期が年に2回か3回に限られ保存性も悪いため、通年収穫可能で保存性のよいイモ類に比べると市場流通の頻度が段違いに低いのです。
一方で、旅行者の立場でブレッドフルーツを見るのはやはりポリネシアですから、旅行者はブレッドフルーツを(A)の種がないものだと経験からインプットされてしまいやすいのです。少なくとも、私と夫はそうだったのです。
また、驚いたこととしては、メラネシアは太平洋の西部限定ですから、「マレーシアからメラネシア」は狭い範囲ですよね。(B)の種ありは、その狭い範囲に分布するのがこの論文当時の定説だったのだろうと思うのですが、それがどっこい、東に随分と離れた遠い遠いキリバスにも(B)の種ありがあるのだから、驚きます。
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「ブレッドフルーツ研究所」というサイトを見つけました。
◆Breadfruit Institute|NTBG(≫こちら)
個人の趣味サイト? いえいえ、NTBGすなわちNational Tropical Botanical Garden(国立熱帯植物園)という、ハワイのカウアイ島に本拠地を置き、ハワイ数か所のほかフロリダにも植物園を有する米国の国立研究機関です。
◆Breadfruit Species|NTBG(≫こちら)
要は、こういうことなんです。種があるもの、種がないもの、ブレッドフルーツにはいろんな形態があるのです。この植物園では150種類のブレッドフルーツを栽培して遺伝子研究を進めているのだそう。このページでは品種の違いを簡単に解説してくれており、キリバスのテマイについてもページ最下部に書かれていました。
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このキリバスの旅は、私にとって、「種ありブレッドフルーツ」と出会う新鮮な食文化の出会いの旅となりました。
これから太平洋に行く人は、この「種ありブレッドフルーツ」にどこで出会えるでしょうか。
あまり食べていないメラネシアでは見かけられないかもしれません。種なし品種が分布するポリネシアでも見かけられないかもしれません。でもきっと、主食があまりイモ化しておらずポリネシアにも属さないキリバスなら出会えます。中の栗の部分は脂肪分も多くて美味ですから、いつかキリバスへ旅しようと思っている方は、是非、この美食に出会える日が来るのを楽しみにしていてください。