ウズベキスタン料理

[last update 2021/06/15]

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【基礎情報】

国名:ウズベキスタン共和国Republic of Uzbekistan、首都:タシュケント、ISO3166-1国コード:UZ/UZB、独立国(1991年ソ連解体)、公用語:ウズベク語、通貨:スム

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【地図】

ウズベキスタンは中央アジアの国で、北と西はカザフスタン、東はキルギス及びタジキスタン、南はアフガニスタン及びトルクメニスタンと接しています。

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◆中央アジアの中心的存在。遊牧民の料理と農耕定住民の料理の混交

遊牧民にはどんなイメージがありますか? 羊と一緒に草原をうろうろしている人々? いえ、もちろん牧歌的な人もいただろうけれど、車や動力機械がない時代、馬を乗りこなして馬上で武器を操る人々は最強の軍事力集団でした。ウズベク人はそういう遊牧騎馬民族の性質もあって、彼らがシルクロード交易地として繁栄している地域へ侵攻してできたのが今のウズベキスタンの原型です。ナン(円盤状パン)やプロフ(炊き込みごはん)やラグマン(手延べ麺)など他の中央アジア諸国と同じ料理も目白押しですが、農耕が盛んなこともあって食に活気があります。

ウズベキスタン
市場でプロフ(炊き込みご飯)を食べる。食器は定番の綿花模様。(撮影地デナウ)

ユーラシア大陸の中央には広大な草原が広がります。モンゴル高原が発祥のテュルク系の人々は騎馬遊牧民族で、勢力を西に広げながら現在のトルコまで到達した人々です。

中央アジアの多くは乾燥した地域ですが、中国西方の天山(テンシャン)山脈から北西に向けて2本の長い河川が流れます(シルダリヤ川とアムダリヤ川)。その間は古代からオアシスを形成した地域群 -南の人が豊かさを指して ”マーワラーアンナフル”(川のむこうという意味)と呼んだ土地- で、人が集まりやがて都市になりました。本来そのオアシス都市に住んでいたのはイラン・ペルシャ系の都市住民で、高い農耕技術をもっていたほか、シルクロードの交易中継地点としても繁栄しました。その代表例が、現在のウズベキスタンの主要都市であるサマルカンド、ブハラ、ヒヴァです。

繁栄の豊かさに引き付けられ、幾度もテュルク系の民族が入り、そしてモンゴル帝国も入ってきました。モンゴル衰退の頃にはこの地で生まれたティムール氏によるティムール朝が成立します。ティムール朝は、農耕定住民の経済力と遊牧民の軍事力とイスラムの宗教・政治力をあわせて驚異的な成功と繁栄をもたらしました。そしてイラン系のイスラム文化から脱却してトルコ/テュルク系のイスラム文化を発展させ、今のウズベキスタンの生活習慣の基礎を作りました。

その後、北方からウズベク人の騎馬遊牧軍が入ってティムールが滅び、ウズベクの時代となり、やがて帝政ロシアに征服され、ロシアの役所(総督府)がタシュケント(現在のウズベキスタンの首都)に置かれたので、ウズベキスタンは中央アジアの中心的存在となりました。

帝政ロシアが倒れてソビエト連邦(ソ連)が樹立する頃、ソ連の中央(ロシア)は中央アジアが全員団結して強大になっては困るので民族的境界画定と称して分割をします。そのとき「私はタジク人だけど登録上はウズベク人にされてしまった」とか「俺らはウズベク人だけど地図上キルギスに入れられてしまった」といった複雑なこともたくさん起こって、民族のいざこざがわざと残るように、それまで中央アジアという明確に分かれたことがなかった地域に歪みながらも民族登録と国境線が敷かれました。1991年にソ連が解体するときにも各国は歪みを残したまま独立国となり、今のウズベキスタンが成立しました。

このような背景はウズベキスタン料理の特徴を知ることにも役立ちます。ウズベキスタン料理の特徴を列記すると、

  1. ウズベク人すなわちテュルクの文化。テュルク人の共通料理が根付く。ナン(円盤状のパン)、マントゥ(蒸ししゅうまい)やプロフ(炊き込みご飯)やサムサ(窯焼き肉パイ)、ショルパ(塊肉スープ)やカバブ(肉の串焼き)など。これらは中央アジアのすべての国にある。
  2. テュルク全般に言えることだが、中国ほど調味料が濃くなく、インドほど香辛料が強くなく、ロシアほど味がナチュラルでない。調味料や香辛料は控えめでも、羊肉と油とトマトを使って旨味とコクを得る料理が多い。
  3. テュルクの遊牧文化の継承で肉料理が多い。
  4. テュルクの遊牧文化の継承で乳製品も欠かせない。
  5. ムスリム(イスラム教徒)が国民の約9割で、厳密ではないが、基本的には豚肉と酒をとる習慣がない。
  6. 小麦粉をたくさん使う。パンやパイの生地、麺、しゅうまいの皮の類は家庭でも作られ、家庭でも小麦粉をよくこねている。
  7. 中央アジア隋一のオアシス、乾燥地帯の日照の良さ、内陸ゆえの夏の気温の高さから、農作物がよく採れる。トマトは特産品で料理にも多用され、赤い料理が目立つ。米や豆を使う料理も多い。
  8. 「基本のウズベク味」と言える土台があり、羊肉と玉ねぎとトマトを炒めて作る汁は、麺が入ればラグマン(手延べ麺)に、米が入ればマスタワ(雑炊)に、肉詰めピーマンが入ればガルプツィに。
  9. ソ連時代の公用語であるロシア語が今もよく通じ、料理にロシア語名が定着したものも少なくない(ウズベク語のカバブに対するロシア語のシャシリクなど)。
  10. ソ連の社会主義政策は国民の平等が是であり、全土に同じ料理が同じレシピで普及したという。代表的なロシア料理をウズベキスタンでもよく見かける。ボルシュ(ビーツのスープ)、サリャンカ(ピクルスのスープ)、クワス(ライ麦パンの発酵飲料)など。
  11. ソ連時代はソ連内なら移動しやすかった。多くのウズベキスタン人が、野菜があまり採れず食の豊かさでは見劣りするロシアに入って行った。現在もロシアにはウズベク料理店がとても多く、ロシア国内で美食の地位を確立している。
  12. ウズベキスタンはソ連時代にロシアの意向で綿花栽培と紡績産業を強いられた。綿花はウズベキスタンの象徴となり、綿花模様の食器が多く、綿花模様とウズベキスタン料理が密接になっている。

「ウズベキスタンはウズベク人の国」で「ウズベク人は遊牧民」だからといって「ウズベキスタン料理は遊牧民料理」と安直に思ってはいけません。ウズベク人は後から入ってきた支配者層であることと、先にいたペルシャ系の人々(今でいうタジク人)が ”マーワラーアンナフル”(豊かな土地)を育んできたこと。ウズベキスタンの人口のうちタジク人割合は公式統計上は5%ですが、学者は国内のタジク人割合を20~30%と見積もっています。

旅行者としてウズベキスタンを訪れると皆サマルカンドなどタジク人の地域を訪れるから、きっとそこにいるタジク人の多さが分かると思う。彼らはコーカソイドの白い肌や青い目、でもウズベク人はモンゴロイドの黒髪・黒目に立派な眉と容貌が違うから。2つの民族が交ざって、2つの文化が交ざって、その上にウズベキスタン料理が在るのだなと実感できることは非常に有意義だと思います。以下各論では食材別にウズベキスタン料理を紹介する予定です。
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料理名一覧 Food & Drink Glossary

【主食類】
  • ナン・・・円盤状のパン
  • プロフ・・・炊き込みご飯
  • マスタワ・・・雑炊
【肉のおかず】
  • カバブ・・・肉の串焼き
  • ガルプツィ・・・肉詰めピーマン
  • シャシリク・・・肉の串焼き
  • ショルパ・・・塊肉スープ
  • サムサ・・・窯焼き肉パイ
  • マントゥ・・・蒸ししゅうまい
【スープ類】
  • サリャンカ・・・ピクルスのスープ
  • ショルパ・・・塊肉スープ
  • ボルシュ・・・ビーツのスープ
【飲み物】
  • クワス・・・ライ麦パンの発酵飲料

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