【基礎情報】
国名:ジブラルタル、Gibraltar、首都:ジブラルタル、ISO3166-1国コード:GI/GIB、非独立国(英国領)、公用語:英語、通貨:ジブラルタルポンド。
【地図】
ジブラルタルはスペインの南端の近くにある岬の先端部分で、陸はすべてスペインと接しています。海を渡った先にはセウタとモロッコがあります。
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◆スペインの端の英領国家。カレンティータは多民族社会を表す国民食。
旅してジブラルタルに到着すると「ジブラルタルはスペインの一角だから料理はスペインとおんなじね」と思っていた事前イメージが覆されます。もちろん気候が同じで物資はスペインから運ばれるものも多いし、何千人ものスペイン人が働いているし、スペイン南部と同じ料理は確かにあります。しかし、ジブラルタルの伝統的なレシピには、ジェノバ(イタリア)やユダヤや英国など、ジブラルタルに定着した様々な人や文化を追跡できる料理がたくさんあり、平和な多民族社会を示しています。
ジブラルタルの人気料理、英国由来のフィッシュアンドチップス。(撮影地ジブラルタル)
ジブラルタルは、大西洋と地中海を分けるジブラルタル海峡の北側、アフリカ大陸とはわずか13kmのところに位置する、英国の軍事基地を擁する英領国家です。国土が狭い上に巨大な岩山が土地の多くを占めていて、可住地も農地もあまりありません。
どれだけそこが大事なところか。ジブラルタルやセウタは古代からヘラクレスの柱と呼ばれる軍事重要点だった。地中海の中ではキプロスもマルタも英領だったのに、なぜ英国がそれらを手放した後も今なおジブラルタルに執着するか。それは出入り口を押えられたらおしまいだから、出入り口を押えることに意義があるから。だから今も英国はジブラルタルを確保しています。
ジブラルタルが正式に英領になった決定打として、少し、18世紀はじめの「スペイン継承戦争」の話をしましょう。
当時、元スペイン王と元フランス王の孫のルイ14世がフランス王でした。彼はスペイン側の祖父の他の孫を妃とし、妃の弟がスペイン王で、そのスペイン王が死去するとお世継ぎがいなくなってしまうため、ルイと妃との孫がスペイン王位を継ぐことに決まりました。それは、ルイのもつフランス権力がスペインを取り込んで強大になるわけですから、周辺国は大反発。英国、オーストリア、オランダなどは力をあわせてフランスと戦いました。欧州と北米のあちこちが戦場になってしまったため、講和条約(戦争終結や戦後処理のための条約、この場合はユトレヒト条約)では世界の領土も整理して、結果的に、王位継承に関知しない英国は領土をごっそり獲得。北米ではフランスからアカディアやハドソン湾地方を手に入れ、欧州ではスペインの一角であるジブラルタル、その他にも諸々の土地を手に入れました。これは、米国やカナダの歴史の基礎としても重要ポイントにもなります。
要は、英国が世界の海を取ろうととしていたとき、海軍が力をもっていたときに地中海の出入り口という絶好の土地を手に入れ、やがて英国は世界を股にかける大英帝国へと発展したわけです。なおスペインは今もジブラルタルを自国の領土であると主張し、過去数回英国と戦争したものの全戦全敗。肝腎のジブラルタル人はというと、民意で英国支配を望んでいます。
ではここで「ジブラルタル人」とはどんな民族なのでしょう? その答えは「ヤニート」であり、「ヤニート」こそがジブラルタル料理の理解の基礎となります。
ジブラルタルで人気のワイン「Yllera」の読み方は「イエラ」。そしてジブラルタルの形成と言語ヤニートの考察。
「ヤニート」は言語名としても民族名としても扱われる用語です。かつての先住民はいなくなり、ジブラルタル住民はほぼ全員が移民です。比較的古くからいたジェノバ(イタリア)人とユダヤ人と支配者である英国人が多数派で、それから土地柄近隣のスペイン人やポルトガル人、それからマルタ人やモロッコ人など。数世紀が経つうちに血統や文化や言語が混ざり、ヤニートというジブラルタル人ないしジブラルタル口語が形成されました。「ヤニート」とは、多民族社会を表す住民の呼称であり、言語名であり、ここに住む人々が折衷的である(分離独立しあっていない)ことを示すものです。料理も同じです。いろんな地域からいろんな人や料理が集まっても、それらは分離独立せず、ヤニートによってみんなに同じ名前で呼ばれ、今のジブラルタル料理になりました。
6月には国のお祭り「カレンティータ」が催されます。ジブラルタル人に彼らの国民食は何かと聞いてみてください。答えはもちろん「カレンティータ」(パイの一種)でしょう。国民食の名を冠した食の祭典は、ジブラルタルの中のイタリア、ユダヤ、モロッコ、スペイン、英国、インドなど、ジブラルタルの文化的に多様なコミュニティーが、最高の地元産と季節の食材を使用して料理を提供し合い、ジブラルタル料理を再確認しあうのです。政治や軍事の点では緊張的に語られがちなジブラルタルですが、料理の点では平和な多民族社会の折衷を理解してほしい。これこそが、ジブラルタル料理なのですから。
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