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- 「本文はじめ」の項を改筆・加筆しました。
- エゼ、ホゲにレシピリンク挿入!
【基礎情報】
国名:ブータン王国、Kingdom of Bhutan、首都:ティンプーISO3166-1国コードBT/BTN、独立国(1907年ワンチュク朝王国成立)、公用語:ゾンカ語。通貨:ニュルタム。
【地図】
ブータンはヒマラヤの山岳地帯にあります。北は中国のチベット、南はインドです。
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◆ヒマラヤ山麓の、伝統文化の守られた夢の国。米とチーズと唐辛子が目立つ食文化
ブータンは、北はチベット、西はシッキム(今はインドに併合されたチベット仏教の国)に隣接し、文化や風習はチベット仏教を礎としています。チベット仏教圏は西はカシミール、北はロシアまで続きますが、国家単位でチベット仏教を国教とする国は唯一ブータンだけではないでしょうか。近年まで鎖国政策を敷いていたことから今も自由な旅行をすることができない国ですが、だからこそ数々の伝統文化が残されています。人の衣装や建物のすべてが美しく、大切にされた自然と調和し、人々の優しい心に触れるブータン旅行の魅力は格別です。
ヤクシャ、レッドライス、エゼ、ダル。ヤク肉は貴重な体験。(撮影地ドゥンドゥンイサ)
ブータンは、かつて英国との争いに負けて平野部を失った史実があり、国土のほとんどが山岳地帯です。ついでに言うと北部の山岳地帯も最近一部が中国に取られてしまいました。ブータン政府は争いを避けたかったので差し上げてしまったのです。でも、もしブータンが全国的に標高が低い国だったら、全土が英国の植民地になっていたでしょうから、今は全土がインドになっていたはずです。つまり、今のブータンが独立国として存在することは、標高の高さと、植民地化を回避した努力の歴史の上に立つ、ブータン最大の特徴の1つです。山岳国家ゆえ、人が集まる首都ティンプーの標高でさえ2400 mと高く、標高4000 m級のところにも人が居住しています。
ブータンは、山岳地帯ゆえに採れる作物が限られ、チベット仏教を礎とする質素な食事、鎖国状態で外国の食材が輸入しにくいなどの条件が重なり、ブータン料理といえば、食べるものの種類が、他国と比べても少ないほうだと思います。それゆえ、1日3食を基本とするブータン料理では、朝も昼も夜も「ごはんとチーズと唐辛子」が食卓に上ります。ただし、ブータン唐辛子はあまり辛くない品種なので、料理が激辛続きという意味ではありません。
主食(米) Staple (Rice)
ブータン人の主食において、米は重要な位置を占めています。炊いた米は「トー」と言いますが、トーは日本語の「ごはん」と同様に食事そのものを指す言葉でもあります。よく見かけるのはレッドライスという薄赤い米で、粘り気は少ないけれど食べると意外ともちもちしていて美味しいです。他の料理もそうなのですが、標高が高いので、炊飯は圧力鍋を使って行われます。
ブータンの米を語るにあたり、ニシオカライスに触れない訳にはいきません。ブータンでドライバーとして私の旅を共にしてくれたブータン人は、ブータンの旨い白米をニシオカライスと言い、誇らしげに私に食べさせてくれました。ブータンのコメ作りを飛躍的に発展させた故西岡京治(にしおかけいじ)氏はブータン国王から「最高に優れた人」を意味する「ダショー」の称号を贈られた当時唯一の外国人で、ブータンの農業改革に従事し、いくつもの野菜に加え、日本米の導入にも成功した人です。特に、パロなど西部では、標高が高いにもかかわらず、西岡氏の成果から稲作が盛んです。今のブータンの食生活は、食べるものの種類は少なくても、豊かであると思います。そこには西岡氏が米と野菜を伸ばした業績が多大にあらわれています。
ブータン国内では数種類の米が栽培されていますが、それらは「ニシオカライス」のように最初にその種の米を持ち込んだ人の名前が付けられています。
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主食(麺と粉) Staple (Noodle & Flour)
チベットの料理には中国本土から麺や餃子が流入しており、それがヒマラヤを越えてブータンやネパールの伝統料理にもなりました。その代表例として、トゥッパと総称される麺類があり、トゥッパのうち手打ちで作る麺はバトゥーと呼ばれます。乾燥牛肉をゆでて戻して具にしたビーフバトゥーなどがよく食べられます。
なお、米があまり採れない中央部や東部ではソバやトウモロコシが主食になります。特に中央からやや東のブムタン地方ではソバ栽培が盛んで、プタ(ソバ粉の押し出し麺を油と唐辛子で炒めたもの)や、クレ(ソバ粉の生地を薄く焼いたもの)があります。
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餃子/シュウマイ(モモ) Dumpling (Momo)
餃子ないしシュウマイにそっくりの食べ物はモモと呼ばれます。小麦粉を練って皮を作り中に餡(具)を入れて包んで加熱した料理で、これも中国本土からチベット経由で流入しました。シュウマイのような円形のモモと、日本の餃子のような三日月型のモモがあります。また、お店では、蒸したモモも揚げたモモも食べることができます。
中国本土では乳製品をあまり使用しないことを思い起こすと、チーズを多用するブータンならではのチーズモモ(チーズのモモ)の存在が特徴的です。肉類のモモではポークモモ(豚肉のモモ)が一般的です。ビーフモモ(牛肉のモモ)やベジモモ(野菜のモモ)は比較的珍しい。ネパールだとベジモモを良く見るだけに、こういった差異に、ヒンドゥー教(ネパール、菜食主義が多い)の宗教の違いを垣間見ることができ、興味深いです。
ブータン料理で唐辛子を使わない料理が珍しいと言われれば、確かにモモは珍しい料理ですね。日本の餃子と違いにんにくも入れず、優しい味わいですので、辛味がほしい人は別添えのエゼ(唐辛子薬味)をつけていただきます。
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肉のおかず Meat
牛肉、豚肉、鶏肉のいずれも、チベット仏教では禁忌にはなりません。したがって、野菜があまり採れないブータン料理では肉類がよく食べられます。肉はシャと言いますが単独ではあまり使わず、豚肉はパクシャ、牛肉はノシャ、ヤク肉はヤクシャ、鶏肉はジャシャと呼ばれます。肉料理の代表選手はパクシャパーという、豚肉スライスと大根と唐辛子のシンプルな煮物です。これを牛肉やヤク肉で作ればノシャパーやヤクシャパーになります。
肉は、「スィッカム」(干したという意味)という状態の肉(豚肉ならパクシャスィッカム(乾燥肉)と呼ぶ)にして肉を保存する習慣があります。干した肉も、その干し肉から作る唐辛子と大根等の炒め物も、豚肉ならばパクシャスィッカムと呼ばれます。
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魚介のおかず Fish
一方で魚肉はニャシャと呼ばれ、魚のぶつ切りを唐辛子と煮込んだ料理などがありますが、ブータン人は魚はあまり食べません。川には有害な成分が流れているからだと言うブータン人もいます。
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唐辛子 Chili pepper
ブータン料理の最も特徴的な要素はエマ(唐辛子)です。ブータン料理は唐辛子なしでは不完全です。とはいえ、本来のブータン産唐辛子は香り豊かで辛味が少ない品種なので、その唐辛子を使う時代はブータン料理はあまり辛いものではありませんでした。しかし近代化とともにインドから輸入された唐辛子を使うようになり、同じ料理でも辛さが増し、現在の「ブータン料理は辛い」という評価につながっています。
唐辛子を使う代表的な料理はエマダツィ(エマ=唐辛子、ダツィ=チーズ絡め、エマダツィ=唐辛子のチーズ絡め)です。しかしエマダツィは近代化するまでブータンになかった料理です。ここ50年でインドとの陸路がつながったために、チーズの普及も含めて食文化が大きく変遷したことを語る料理でもありますが、今やエマダツィはブータンの国民食。ちなみにブータンの国語ではチとツィを表記し分けるため、エマダチよりもエマダツィと書くほうが適切です。
エマダチか、エマダツィか。答えは両方。
そのほかの料理にも唐辛子はよく使われますが、唐辛子が利いた薬味であるエゼ(またはイズィ)(唐辛子が入った薬味)はブータン料理の定番。そしてエゼを野菜と和えたホゲと呼ばれるサラダも代表的なブータン料理です。きゅうりやカブを使ったホゲが美味しいです。
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乳製品 Dairy Products
都市部に住む一部の人を除き、ブータン人のほとんどは農家で、各家庭に家畜がいます。ブータン人70万人に対し乳牛が30万頭、ヤクが4万頭もいます。特にヤクは、牛が生きられない標高4000 m級の地方でも生きる貴重な家畜で、牛やヤクが子育てをする夏の時期に生乳を搾乳し、バターやチーズを作り、保存食にします。乾季に入る秋には牛やヤクの肉を軒先にずらりと干す、冬の間の保存食づくりの光景も見られます。
乳製品が主役のおかずとしては、数々のダツィ(ダチ)すなわちチーズ絡め煮があります。エマ(唐辛子)を使ったチーズ絡め煮はエマダチ、シャモ(きのこ)を使えばシャモダツィ、ヘンツェ(ほうれんそうのような青菜)を使えばヘンツェダツィ、ナケ(ぜんまい)を使えばナケダツィというように命名します。ただしダツィ(チーズ絡め煮)に肉や魚は使いません。
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軽食 Quick Eats
お茶請けやおやつには、ザウ(炒り米)、シップ(米をつぶして乾燥させたもの)、ゲザシプ(トウモロコシをつぶして乾燥させたもの)などがあります。
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インド料理 Indian cuisine
インドの影響についてですが、ブータンの南に接するインドとは、20世紀後半になり、自動車道がつながりました。そしてインドの食材が首都にも流入するなど、ブータンに大きな食文化の変化がもたらされました。例えばガジャ(ミルクティー)はインドのチャイと同じ、ダル(豆シチュー)はその名前もインドでの呼び名と同じです。寒い高地の食堂では食べるものを注文するとお湯が供されますが、それはインドのヒンディー語と同じくタトパニと言います。しかし何よりもインドの影響が強いのは、インドチリと呼ばれる辛い唐辛子ではないでしょうか。本来ブータン産唐辛子はあまり辛くないものですが、安価なインド産唐辛子が流入するようになり、唐辛子を多用するブータン料理は一層辛い料理になったのです。
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お茶やコーヒー Tea & Coffee
チベット料理には欠かせないスジャ(バター茶)は、ブータンでも変わらず定番の飲料で、おもてなしの場でも供されます。獣の油脂を入れるわけですから、どことなく獣くさく感じるのもスジャの風味です。一方で、インドのチャイと同じミルクティーはガジャと呼ばれます。
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お酒 Alcoholic Drinks
酒は、チャンと総称され、米、麦、トウモロコシなどをもとに伝統的に自家醸造されています。どぶろくのような濁り酒はシンチャン、蒸留酒はアラです。また、禁煙国家ブータンでは、(食べ物ではありませんが)「お口の恋人ドマ」は重要な嗜好品です。ドマは熱帯アジアではよく見られ、ビンロウジュの実をキンマの葉で石灰とともに包み、口の中で咀嚼し、酩酊感を楽しむもので、ブータンでも道端には吐き捨てられた真っ赤な唾液がいたるところで地面を染めています。
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食習慣 Habits & Customs
ブータンの昔からの習慣として、水を使わずに手を洗います。これは田舎の食堂や農村などに今も残る習慣です。食卓に乗っているトー(ごはん)を少し取って手のひらでこすりあわせて団子にすることで、手の汚れを吸着させて除去します。
ブータンに行ったら、きっと、ブータン人のおもてなしの心の数々に感動を覚えることでしょう。家庭や食堂で、お腹がいっぱいになるまでおかわりでもてなされる習慣を理解するほど、ついつい断りきれないかもしれません。お腹がいっぱいになったときに、口元を片手で隠して言う「ミシュ、カディンチェ」(もう要りません、ありがとう)は、本当によく使う言葉です。
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料理名一覧 Food & Drink Glossary
【主食系】
- トー・・・米を炊いたもの
- クレ・・・ソバ粉の生地を薄く焼いたもの
- プタ・・・ソバ粉の押し出し麺を油と唐辛子で炒めたもの
- ニシオカライス(Nishioka Rice)・・・西岡氏がブータンで成功させた日本米
- トゥッパ・・・麺類
- バトゥー・・・手打ち麺
- ビーフバトゥー・・・乾燥牛肉を戻して具にした手打ち麺
- レッドライス(Red Rice)・・・赤米
【餃子/シュウマイ系】
- モモ(མོ་མོ།)・・・餃子ないしシュウマイ
- チーズモモ・・・チーズのモモ
- ビーフモモ・・・牛肉のモモ
- ベジモモ・・・野菜のモモ
- ポークモモ・・・豚肉のモモ
【肉や魚】
- シャ・・・肉類の総称
- ジャシャ・・・鶏肉
- ニャシャ・・・魚肉
- ノシャ・・・牛肉
- ノシャパー・・・牛肉スライスと唐辛子の炒め煮
- パクシャ・・・豚肉
- パクシャスィッカム・・・干した豚肉
- パクシャスィッカム・・・干した豚肉と唐辛子の炒め煮
- パクシャパー・・・豚肉スライスと唐辛子の炒め煮
- ヤクシャ・・・ヤク肉
- ヤクシャパー・・・ヤク肉スライスと唐辛子の炒め煮
【唐辛子関連】
- インドチリ(Indian chili)・・・インド産の辛い唐辛子
- エゼ(ཨེ་རྫས།)・・・唐辛子を使った付け合わせ料理
- エマ(ཨེ་མ།)・・・唐辛子
- エマダチ(ཨེ་མ་དར་ཚིལ།)・・・唐辛子のチーズ絡め
- チリ(chili)・・・唐辛子
【乳製品】
- ダツィ(དར་ཚིལ།)・・・チーズ絡め煮
- エマダツィ・・・唐辛子のチーズ絡め煮
【野菜やきのこ】
- シャモ・・・きのこ
- シャモダツィ・・・きのこのチーズ絡め煮
- ダル・・・豆シチュー
- ナケ・・・ぜんまい
- ナケダツィ・・ぜんまいのチーズ絡め煮
- ヘンツェ・・・青菜
- ヘンツェダツィ・・・青菜のチーズ絡め煮
- ホゲ(ཧོ་སྒྱེས།)・・・エゼと野菜を和えたサラダ
【軽食】
- ゲザシプ・・・トウモロコシをつぶして乾燥させたもの
- ザウ・・・いり米
- シップ・・・米をつぶして乾燥させたもの
【飲み物】
- アラ・・・蒸留酒
- ガジャ・・・ミルクティー
- シンチャン・・・どぶろくのような酒
- スジャ・・・バター茶
- タトパニ・・・お湯
- チャン・・・酒の総称
【その他】
- ドマ・・・ビンロウジュの実