【基礎情報】
国名:モルドバ共和国、Republic of Moldova、首都:キシナウ、ISO3166-1国コード:MD/MDA、独立国(1991年ソビエト連邦崩壊)、公用語:ルーマニア語、通貨:レウ。
【地図】
モルドバは東欧の国で、西にルーマニアと、北・東・南にウクライナと接しています。完全には内陸国ではなく、黒海から直接アクセスできます。
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◆ルーマニア文化とソ連時代の影を映す、質実剛健なスローフード
モルドバの印象は「モルドバのどんなところを旅したか」によって大きく変わります。主要産業が農業であるモルドバは言い換えればめぼしい産業がなく、欧州で1、2を争う貧乏国ゆえに住居インフラもままならない。所得の格差もあり、街には素敵レストランの豪華モルドバ料理もあるけれど、低所得者層が多いので庶民の食事は空腹を満たすための質実剛健な要素が強い。モルドバ人はルーマニア人と元同じ民族ゆえ、野山の恵みを使う素朴なモルドバ料理はルーマニアの田舎料理のようですが、一方で元ソ連さながらにロシアと共通する料理も多くて、さすが国内で西と東の狭間を作る国だなと、料理と歴史の密接さに感心します。
*沿ドニエストルは、独立宣言をした上で非独立3か国にのみ承認されている国家です。国際的承認のもとではモルドバ共和国内の自治地域という地域です。ISO3166国コードを有さない(あるいはMD:モルドバに属する)ことから、当サイトでは、沿ドニエストルを一か国としてみなさず、モルドバの一地域として取り扱います。
作り置きの料理が多数並び、好きな物を選べるソ連圏スタイルの食堂(撮影地キシナウ)
欧州でラテン系の民族はフランスやイタリアなど主に南~西欧に分布しますが、東欧で、南北をスラブ系国家に挟まれた位置に、ポツンとラテン系国家が存在します。それがルーマニアと、そこから切り離されたモルドバです。
モルドバ(※)の名の由来はルーマニアの北東部の川の名前。かつて世界を広く占領したモンゴル最大版図の西の端にあたります。その地域は西の大国ハンガリーの防衛地域として重要性を増し、モンゴル支配を抜けてモルダビア(※)公国が興り、現在モルドバの紙幣に描かれているシュテファン大王の治世中に国家は最盛し、ルーマニア語が定着しました。
※モルドバとモルダビアがよく混合してややこしいですが、同じ単語のルーマニア語(前者)とロシア語(後者)の違いです。
古豪オスマントルコ(土)(13~20世紀)とロシア(露)帝国(16~20世紀)は衝突を続け、露土戦争は11回も行われ、ロシアが5回目に勝ったときに今のモルドバ部分がベッサラビアという新しい名前を付けられてロシアへ割譲され、今のルーマニア部分はオスマントルコに残ります。これがモルドバはソ連になったがルーマニアはそうでないとか、現在ルーマニアはEU加盟国だがモルドバはそうでないなど、両者の歴史の決定的な違いを生みます。
ソ連が出来た(1922年)頃は一時的にルーマニアがモルドバを奪回していますが、ソ連は将来的にモルドバが欲しいのでモルドバの東隣のウクライナの中に戦略的に「モルドバ自治州」を作ります。これが今問題になっているモルドバ国内のロシア人多数地域「沿ドニエストル」の始まりです。ヒトラーとスターリンの会談(独ソ不可侵条約1939年)後モルドバがソ連に入ること決定(モルダビアSSR(※)の成立)。このとき上に書いたウクライナ内のモルドバ自治州がくっついて、一方で黒海沿岸部をウクライナに取られてほぼ内陸国確定。
※SSR:Soviet Socialist Republic、ソビエト社会主義共和国。ソ連の一構成国のこと。
モルドバ人の言葉はルーマニア語なのに両民族は別言語であるとソ連の公式見解にされた。モルドバ語にキリル文字(ЖやДなどの文字)を課してルーマニア語(AやBなどの文字)に見えないようにされた。ロシア語の単語を追加して「モルドバ語は(少なくとも部分的に)スラブ起源である」とでっちあげられた。でも、ソ連がこんな歪みを何十年も与えると、流石に -ホントは同じ人々なのに- 思想や文化までも変化した集団になっていくのですね。ソ連が崩壊した今の社会で、ルーマニア人とモルドバ人は完全に一緒ですか? いえ、モルドバ人は自分あるいは親の世代がスラヴ系の影響を強く受けたことによって形成された民族集団です。そしてこれが「モルドバ料理」をも大きく特徴づけています。
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首都キシナウできれいなモニュメントや教会を見て、ワイナリーや市街地のレストランで食事をして去るだけでは絶対にこの国は理解できない。モルドバは苦しい経済状況下に置かれ、1人あたりGDP(※)がルーマニアのたった1/3ですよ?(ついでに言うとルーマニアは日本のたった1/3です)。モルドバは更に、安価な材料で料理を作るソ連の料理が半世紀も根付いてしまった。だからルーマニア料理はEUの豊かさもあって相対的に豪華で、モルドバ料理が相対的に質素な傾向は否めない。
※IMF2020年、モルドバ:4,366 USD、ルーマニア:12,797 USD、日本:40,146 USD
「親ルーマニアのモルドバ」が「親ロシアの沿ドニエストル」を抱えていることも忘れないで。だからモルドバ料理には、少なくとも「モルドバ人の料理」と「ロシア人の料理」の2つの柱がある。事実、同じような料理なのに料理名が複数あることが多くて(例:麺類に対するタイツィーとラプシャ)、材料が違うの?作り方が違うの?言語の違いだけなの? 旅行者のレベルでは極めて謎多き、それもまたモルドバ料理の姿です。
「モルドバ料理を語る言葉は?」と自問してモルドバの旅を思い起こしたら、質実剛健という言葉が一番しっくりきました。モルドバの東隣は肥沃な土壌で有名なウクライナ。実はモルドバも土壌が肥沃なので政府は農業を推進しています。だから、モルドバ料理とは、小麦をはじめ農産品を中心とした料理。ルーマニアの田舎にいるような内陸の料理。スローフードと呼ぶのも良さそうです。市場ではおばちゃんたち手作りの惣菜が売られ、ママが手間暇をかけて作る料理や発酵食品の保存食がたくさんあり、モルドバの食卓はきのこも野菜も使われてファームダイニング(農家の食卓)のようでした。質実剛健なスローフード。質素って全然悪くない。食材をシンプルに味わえる料理は美味しいもの。だからモルドバ料理は、謎多き要素も謎解きのように面白くて、私は好きです。
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